お前を愛してなんかやらない(黒田)




 ユキちゃん、と葦木場君が呼ぶので、真似して呼んでみたら「二度とそう呼ぶな」と怒られた。なんでかなって考えて、ああそういえば泉田君はユキって呼んでいるなあと思って、つまりユキとかユキちゃんって黒田君にとっては特別な呼び名なんだってこと。私が怒られたのは、お前は特別じゃないんだってこと。

「黒田君」
「……なんだよ」

 思うようにタイムが縮まらないらしい。こんなんじゃインハイで優勝なんかできねぇよ、とぼやく彼は私のほうをちっとも見てくれない。そもそも私たちが付き合ってるのって何でだっけ? ああ、確か私が言ったんだ。私のこと好きじゃなくても良いからって。二番目でも三番目でもいいからって。私より自転車が好きでも、泉田君や葦木場君や、チームメイトが大切でも。貴方と一番近い女の子でいたいって。

「さっきね、泉田君が探しに来てたよ。今日の練習のことで話があるって」
「はあ!? なんでそれを早く言わねーんだよ!」

 私の言葉を聞くや否や、黒田君は椅子を蹴って立ち上がる。それから私のほうには目もくれず、さっさと教室を出て行ってしまう。そもそも、一度話しかけたときに「今忙しいから後にしろ」って言ったのは黒田君のほうなのに。

「みょうじさん、つらくない……?」
「……ううん、話してくれるだけいいよ」

 一部始終を見ていた葦木場君にそう声をかけられて、無理に笑ってみせる。彼は天然だけど結構鋭いところがあるので、きっとこんなことしても無駄なんだろうけど。

「ユキちゃんは副主将で、部を引っ張らなきゃいけなくて……余裕ないんだと、思う」
「うん、わかってるよ。無理言って付き合ってもらってるの私のほうだもん」

 だから良いんだ。ううん、良くはない。欲はある。私はもっと黒田君に近づきたいし私を見て欲しいし恋人らしいことしたい。でも、ひとつでもそんなこと言ったら黒田君はきっと「じゃあ別れようぜ」って言う。だって最初から黒田君は私のことを少しだって好きじゃないんだから。

「自転車に乗ってる黒田君も……好きだもん」

 葦木場君は私の表情からいろいろ察してくれたのか、そっか、と呟いただけで後は何も言わなかった。葦木場君や泉田君は、黒田君からいろいろ聞いているのかな。うざい女だとか、面倒くさいとか言われているのかな。いつ別れようとか思われていたらどうしよう。



「なまえ、最近黒田君とはどうなの?」

 お昼休み、机をくっつけてお弁当を食べながら数人の友達が身を寄せて恋愛事情を探りにきた。私がそれに答えられるはずなどないのに。

「別に、何もないよ」
「えー、付き合ってどのくらいだっけ?」
「……一応もうすぐ、一ヶ月」

 ようやく搾り出した私の返答に、友人達は「えー!?」なんて声を上げる。今この教室に、黒田君が居なくて安堵する。彼は今日、部のミーティングとやらで別の教室に行っているから。

「じゃあ、一ヶ月記念のお祝いとかするの?」
「いや、しないよ……インターハイ控えてるし、黒田君忙しいもの」
「でもさあ……」

 よく我慢できるよねと、度々言われる。そりゃ高校生って言えば恋愛っていうイメージは私も持っていたし、勿論私だって黒田君とそんな関係になりたいなんて図々しくも思っている。最初から叶わない願望だ。

「いいんだ。私、黒田君を応援するって決めたの」

 手をつないだり、ちゅーしたり、普通の高校生カップルみたいなこと何もできなくていい。見てるだけだった頃に比べれば、近くに存在することを許してもらえてる今はずっと幸せなんだ。黒田君に存在を認識されてる、黒田君の視界に映れる。一番つらいのは、黒田君に嫌われること。
 友達は一様に私を「かわいそう」と言うけれど、大体幸せの定義なんて人それぞれで、私は黒田君の近くに居られるだけで幸せだし黒田君は自転車に乗っているときが幸せなんだから、それを誰にも邪魔する権利なんてない。
 結局昼休み中、話題は私と黒田君のことについてで、いろいろと聞かれて(とは言っても私達の間には本当に何もなくて、話すことなんて全然無かったのだけれど)終わった。

「みょうじ」
「! えっと、何? 黒田君……」

 眠気や疲れと戦いながら午後の授業を乗り切って、さて図書室にでも寄って寮に帰ろうかと思った矢先、黒田君が私を呼び止めた。黒田君から声をかけられるなんて本当に珍しくて、久しぶりで、教科書をしまおうとしていた鞄と同じように口まで開いていた。

「……」
「あの、これから部活でしょ? 頑張ってね」
「言われるまでもねーよ」
「あ、そっか、そうだよね、ゴメンね……」

 私を呼んだまま何も言わないでいる黒田君に対して何か話題をと思って発した言葉だったけれど、また怒られてしまった。私って本当に気の利いたこと何にも言えないな。
 肩を落とす私に、黒田君も何だか気まずそうにしていて、不思議に思って様子を見ていたら彼はおもむろにズボンのポケットをゴソゴソと探った。

「これ、やる」
「?」

 反射的に差し出した手に乗せられたのは、猫を模った可愛らしいチャームだった。どうしたんだろう。とても嬉しいのだけれど、突然の出来事に思わず首を傾げてしまった。

「……もうすぐ一ヶ月だろ、付き合って」
「!?」
「何もしないとか、ありえないって真波や新開――後輩に言われて。あと、拓人にも」

 私と目も合わせてくれない黒田君の顔が見たくて少しだけ回り込んだら、微かに顔が赤くて、途端に私にも感染する。いや、それ以上にきっと私のほうが赤くなっている。

「く、黒田く」
「んだよ、催促されてもそれ以上は何にもねーからな!」

 違う、違うよ。何か欲しいとか、そんなこと思ってなかったの。ただただそれ以上に、

「つ、付き合ってるって、思ってくれてたの……?」
「はあ!? お前、自分が言ったんだろーがッ! 付き合えって! 忘れたのか? 三歩歩いたら忘れる鳥かお前は」
「ち、違……」

 なんでいつもそんなに突っ込みにキレがあるの。
 なんでいつも眉間にシワ寄せてるの。
 何で髪白いのに黒猫なの。

 聞きたいこと沢山あったけど、黒田君から初めてもらったプレゼントとか見ていたらどうでも良くなって、自然と顔が緩んだ。

「勘違いすんなよ。……拓人達に言われから、それだけなんだからな」
「うん……ありがとう、雪成君」

 涙を浮かべながら名前で呼んでみたら、今度は怒られなかった。
 黒――雪成君は、そっぽを向いたまま、でも綺麗にたたまれたハンカチをそっと差し出して小さな声で応えてくれた。初めて、私に。

「……おう」








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