だいすきな曲があった(泉田)




「だから僕は、やめておけばって言ったんだよ」

イヤホンの向こう側から、塔一郎の声がぼやけた様子で聞こえてくる。塔一郎のそんな説教じみた言葉を聞くのは嫌だったので眉を顰めて机に覆いかぶさると、耳の中にあったはずのイヤホンがするっと引っこ抜かれてしまった。音漏れをし始めたイヤホンはしゃりしゃりと聞き慣れ過ぎたギターの音を立てて、私は特段表情を変えないままそれを見つめた。聞いてるのかい、と塔一郎は言う。また無視をしたらきっとくどくど言われるだろうから、私は重たい頭を揺らして「うん」とだけ呟いた。

私はついさっき、失恋した。
相手は三年に上がってから知り合った音楽好きの男の子。私もバンドやら何やらが好きだったので意気投合し、何回か遊びに行ったり一緒にライブに行ったりした仲だった。ちゃらちゃらしているし良くない噂も聞いたことはあったけれど、話している分には良い人で、好意を持つのにそれほど時間はかからなかった。どうしたらああいうタイプの男の子に好きになってもらえるんだろうかとか、どうやって告白すべきなのかとか、そういった恋愛相談は全て塔一郎にしていた。「やめておけば。あまり良い噂を聞かないよ」そう塔一郎はよく言っていたけれど、恋は盲目というし障害があれば燃えるともいう。だから私にその言葉は火に油を注ぐようなもので、「絶対幸せになってやる」と息巻いていた。
そんなハッスル状態に陥っている私に悲報が舞い込んだのは昨日の事。友人から、その男の子は今三股しているという情報を頂戴してしまった。いや、あの子はそんなにちゃらくない、話せば良い人なんだよと反論してみせたものの、今日の昼休みに外を眺めていたら偶然その男の子が中庭で三股している中の一人だと思われる彼女と接吻なんかをしているのを見てしまったのだ。信じてたのに、と悲劇のヒロインぶっても見てくれる人なんていなかったので放課後一人でしょげていると、塔一郎に見つかった。そしてため息交じりに、今現在宥められている。

「なまえは人を疑わなさすぎだよ。もっと本質を見たら」

ウォークマンから流れっぱなしになっていた曲を止めて、塔一郎は言う。塔一郎はウォークマンを持っていないけれど、私のものを操作する機会が多い所為か扱いは上手くなっていた。本質って何なんだ。そんなに簡単に人間の本質って見つけられるもんじゃないだろう。そんなもやもやした思いはひっそり心の中に仕舞って、私はウォークマンの小さな画面に表示されている曲のタイトルを見つめながらぼそぼそと聞こえるか聞こえないかといった声で返事をする。

「信じちゃったんだよぉ」
「あれだけ僕はやめておけって言ったのに」

僕のことは信じないのにあいつのことは信じたのかい、と残念そうに言われると、返す言葉なんて浮かんでこない。好きになるってそういうことだ、長年の友人よりも一瞬の好きな人に軍配が上がってしまうのは仕方のないことだと思う。しょうがないじゃん、と呟くと我慢していたはずの涙がこぼれそうになって、目が熱くなってくる。そうだよ、三股野郎でも好きだったんだよ。言葉にはしなかったけれど塔一郎は私の言いたいことが何となく分かったようで、あと泣きそうなのも分かったようで、それ以上私を責めるようなことは言わなかった。
ウォークマンに表示された曲名を、涙が溜まった目で見る。何度も何度も繰り返し聞いたその曲は、タイトルを見るだけでもう脳内再生出来てしまう。あの男の子から教えてもらった曲の中で特に気に入ったこの曲は、邦楽ロックバンドの歌う恋愛ソングだ。好きな人から恋愛ソングなんて教えてもらったら、大抵の女子はその曲を聞くだけで相手を思い出してしまう。歌詞の「きみ」の部分を相手に置き換えて考えたり、もしくは自分に向けて歌われている想像をしてみたり。そういう乙女チックな部分は私にもあったようで、例に漏れずそんなことを考えて曲を聞く夜は多かった。
塔一郎は私の視線の先にある曲名を見つめて、「それ、この間テレビで聞いたよ」と聞いてもいない報告をしてくる。

「最近有名なバンドだよね」
「ん……みたいだね」
「好きなの?この曲。ここんところよく聞いてるじゃないか」
「……あの人が教えてくれたの」

墓穴を掘るように言うと、塔一郎はバツが悪そうに頭をぽりぽりと掻いた。最早私が何の話をしても恋愛に結び付けてしまう状況だと分かったらしく、苦笑いを浮かべるしかなさそうだった。「まぁ、良い曲だよね。綺麗な恋愛ソングで」と、取り繕うことを放棄した塔一郎は会話を続けた。どうしたって私の失恋に話が行ってしまうなら、とことん突き詰めてしまおうと思ったのかもしれない。

「なまえはさ、なんでこの曲が好きなんだい」
「なんで、って」
「歌詞が良いとかメロディが良いとか。教えてくれた人が好きな人だったから、でもいいけど」
「えーと……」

全部?とクエスチョンマークを付けつつ答えると、塔一郎は正直だねと呆れたように笑った。塔一郎が笑うと綺麗に睫毛が揺れることはもともと知っていたけれど、今日改めてそれを発見する。

「僕も割と好きだけど。でもなまえがこれに囚われてるのは頂けないな」
「囚われてるかなぁ」
「どう考えてもね」

そう言うと塔一郎はウォークマンにくるくるとイヤホンを巻き付けて、私のカバンの中に仕舞いこんだ。そして席を立って、そろそろ帰ろうかと優しげな声を出した。ふと時計を見るともう結構な時間が経っていて、外も暗くなり始めているのが分かる。そんなに長い時間項垂れていたのかと驚いてしまった。その分だけ塔一郎を拘束していたのかと思うとちょっとだけ申し訳なくなってしまった。

「ん、帰ろ」
「うん。どうせ方向一緒だし一緒に行こうか」

私が立ち上がると、いつもの癖でカバンの中に手を突っ込む。そしてウォークマンを取り出すのが常なのだ。徒歩通学なのでいつも帰り道じゅうずっと音楽を聞いている。ついでに言ってしまうと、ブックマークには好きな人に教えてもらった曲ばかりがセットされている。
カバンの中でウォークマンを無意識に探っている私に気付いた塔一郎はやんわりと私の腕を掴んだ。

「今日くらいは、音楽聞かずに帰ろうよ」

優しく掴んでくれたけど、声は真っすぐだった。有無を言わさぬ雰囲気だったのでこくんと頷くと、塔一郎は珍しく目を細めて笑う。なんだかいつもと違う塔一郎に私がついつい目を見張ってしまったけれど、きっとこれが傷心中の私に対する彼の優しさなのだろうな、と思う。
ウォークマンを掴むことの無かった左手を塔一郎の右手に預けて、紺色になりかけている空を眺めながら私は足を進めた。









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