桜でいっぱいの春を知って(田所)




※卒業後設定

桜の塩漬けがちょこんと乗って、中には桜餡が練り込まれている。そんな田所パンの新作「さくらあんぱん」を口に目一杯放り込むと、いやというほど幸せな味がする。つい目を大きく見開いて、おいしい、と声が出た。

「めっちゃおいしい。ほんのりあまくて、春ってカンジがする」

私が貧困な語彙を使って感想を言うと、隣で同じようにパンを食べていた迅くんは目線をこちらに向けて、嬉しそうに歯を見せながらにかっと笑う。この豪快な微笑み方は迅くん特有のもので、見ているとなんだかスカッとするのだった。

「何回も試作品作って、やっとコレだ!ってのが出来たんだよ。うめえに決まってんだろ」
「あはは、自信満々だね」
「そりゃお前から貰った案なんだから、美味く作れねぇと示しがつかないだろ」
「あぁ、そういや『桜入れちゃえば?』って言ったんだっけ」

春の陽気に当てられながら、私は上を見上げる。色んなパンを携えてやってきたこの公園は今日が丁度桜満開の日だったようで、私と同じように上を見上げながら花見をしている人が多く居た。
春の新作パンのアイディアかなんか無いか、と迅くんに聞かれたときの事を思い出す。あの頃はまだ一月そこらで受験も終わっていないのに、もう春のことを考えているのかとちょっぴり悪態をついたものだった。「迅くんはどうせおうち継ぐんだから受験しないんだろうけど、私は違うんだよぉぉ」と喚いて迅くんを意味もなく困らせたのは結構記憶に新しい。結局第二希望の地元の大学に受かったので、今は喚かずに済んでいるけれど。
春だから桜、と回らない頭で安直な意見を出した私に迅くんは愚直に向き合ってくれたらしい。さくらあんぱんを噛みしめながら、ありがたいことかもしれないなぁ、と思った。

「まさか私の案が採用されるとはね」

残りひとかけになっていたあんぱんを躊躇なく飲み込んで、迅くんの持ってきたたくさんのパンのうちの一つに遠慮なく手を伸ばす。迅くんも迅くんでもりもりパンを食べつつ「みょうじも沢山食うんだぞ」と言ってくれるから尚更だ。私が太ったら、きっと原因の半分は迅くんにあるのだろう。

「みょうじの案は一番ざっくりしてて何も考えてなさそうだったけどよ」

迅くんはあんぱんとは対極にあるサンドイッチを手に取って、ついでみたいに私の声に反応する。失礼なその言葉に私はぐぐぐっと眉を寄せてみせたけれど、迅くんは全くそれに動じてくれはしない。まぁ、動じる迅くんなんて迅くんらしくないからそのままでいてほしい。

「案外そういう奴の意見の方が、的確だったりするのかもしんねえなと思ったんだよ」
「……あれ、私ちょっと褒められてる?」
「別に褒めてはねえよ、パン作りに役立っただけで」
「それって褒めてるってことじゃん」

うわあい私褒められちゃったぁ、と調子に乗ってみると、ぺろりとサンドイッチをたいらげた迅くんの指先が私の顔に迫ってくる。なんだなんだと思っているうちにぺしんとおでこにデコピンが降ってきたので、ひどいなあと抗議の声を上げると「うるせえよ」と迅くんは笑った。

「趣深いとこに居んだから、大人しくしてろ」
「迅くんの口から趣とかいう単語が出るなんて……」
「そういう一言が余計なんだよ」

もう一発デコピンいるか、と言われてしまえば、私は口を一文字に結んで首を横に振るしかない。まるでロボットのようにカクカクと首を振る私を見て、迅くんはまた私がスカッとするような笑みを浮かべるのだ。そんな体育会系な笑い方が、私は好きなんだ。



ものの二十分で持ってきていたパンを全て胃の中に収めてしまった私達は、敷いていたシートにごろんと横になる。食べた直後に横になると牛になる、とずっと前から言われている迷信があるけれど、今の私は牛になったって良いというくらい満足している。あれだけお腹いっぱいパンを食べたのだから。いつもは私の行動に何かしら一言言う迅くんも同じように寝そべっている。きっと彼も相当満足したのだろう。
周りで花見をしている人々も、お腹いっぱいになったのか寝っ転がっていたりする。他にはお酒を飲んでほろ酔い気分になっている人だったり、カメラ趣味があるのか桜を撮ってる人がいたり。どの人を見てものどかな光景だ。きっと、春がそうさせている。

「なーんか、良い気分だね」

天蓋のように頭上に散りばめられている桜を見上げながら、独り言のように呟く。でも迅くんには聞こえていたようで、「そうだな」と返事が来た。欠伸交じりの声だったからか、ちょっと熊っぽい。熊の声なんて生で聞いたことないけど、きっと今の迅くんみたいな感じなんだろう。でもこれを迅くんに言うとまたデコピンを食らわせられてしまうので黙っておく。私は学習する女なのだ。この言葉もきっと、迅くんに言わせてみれば「調子に乗っている」言葉なんだろうけど。
暖かい日差しをただただ浴びて、ちょっと眠気がやってくる。お酒を飲んだわけでもないのに意識がふわっとするのは春の所為だ。心地よい春の中で綺麗な桜に囲まれているわけなんだから、夢の中に飛び込んでいきたくなる気持ちは誰にだって分かるはず。

「迅くんや」
「なんだ?」

またもや欠伸交じりの声だ、迅くん。
眠ってしまいそうだと伝えると、迅くんも「俺も」と言ってくる。

「昼寝でもするか?」
「したいけど、二人とも寝るとお財布とか取られそう」
「意外とちゃんと考えてるんだな、みょうじも」
「意外は失礼だよ」

今度は私が迅くんにデコピンを食らわす番だった。けど私が伸ばした手は空を切った。迅くんは熊みたいな声も出すし熊みたいな体型をしている癖に素早い。伊達に運動部をやっていたのではないという事か。
私が悔しそうにぷくっと頬を膨らますと、迅くんは「動きが鈍いぞ」とまた笑う。迅くん、今日は笑いすぎである。彼もまた春の陽気に当てられているのかもしれない。

「だから私が寝るから、迅くんはお財布とか私とか見張ってて」
「人使い荒いな。てかみょうじも見張らなきゃいけねえのか」
「私寝相ほんと悪いから」

だからシートからはみ出さないように見張ってて。
そう言うと、迅くんはしょうがねえなぁとでも言いたそうな表情をする。それでも異論を唱えてこないのはきっと彼なりの優しさだ。
ぐっすり寝てていいぞ、と迅くんは言いながらでっかいバッグの中からブランケットを取り出す。準備が良いなぁ、良いお父さんになりそうだなぁと思いつつ私は無遠慮にまどろみの中に飛び込んでいった。だから髪についた桜の花弁を迅くんがそっと取ってくれたのにも、気付くはずなどないのだった。









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