光をくれてありがとう(御堂筋)




 今の気持ちを、色で例えてみようか。
 誰かを好きになったときに周りの景色が桃色になるだとか、怒ったときには目の前が真っ赤になったり、悲しみに暮れることをブルーだなどと言う。世界はいろんな色で構築されていて、面白い。そう私が独り言を声に出したときに君は「じゃあ幸せの色は何色なん」と尋ねてきた。私はそれに答えることができなくて、やや暫くの後で「もうええわ」と背を向けてしまった君を追うことはできなかったのだけれど、最近になって、嬉しいときや幸せなとき、彼の目には世界が「黄色に見える」ことを教えてくれた。幸せの黄色いハンカチやリボンなどという言葉があるように、温かみのあるその色は幸福を思わせてくれるのだろうか。けれど、それと同時にふと沸いた疑問も存在した。

「なんで白じゃないのかな」
「何の話や」

 何の脈絡もなく呟いた言葉に、翔くんが眉をしかめた。それはそうだろう。私にとってはずっと胸に秘めていた疑問だったけれど、それを翔くんに伝えた事はないので、そんなことを突然言われても困ってしまうに決まっている。私自身、どうして声に出してしまったのだろうと少し後悔を覚えるくらいだ。

「幸せの話。ほら、前に翔くん言ってたじゃない」

 幸せの黄色。本来は言いたくないことだったようで、会話の流れでうっかりと口を滑らせてしまった彼は私を軽く睨みつけた。策略家な彼の珍しいミスだったけれど、私はここぞとばかりに踏み込んでいった。自分の領域に他人を入れようとはしない翔くんが、その片隅にでも私を入れてくれたら。そうなれば、どんなに素晴らしいだろうと思う。
 翔くんは自転車のことがたくさん載っている雑誌を眺めながら、私の話に適当な相槌を打った。

「信号機とか立ち入り禁止のテープとか、黄色って注意や警告の色でもあるでしょ?」
「……そやな」
「もう、翔くんてばちゃんと聞いてるの?」

 私は、怖いほどに真っ白な病院の布団をめくり上げて足を床につける。少し日焼けして黄味を帯びた同系色のカーテンが風にはためいて、窓を閉めるために腰を上げた私を翔くんが雑誌から顔を上げて見た。

「動いたらまた体調悪ゥなるんちゃうの」
「ちょっとくらい平気よ」

 窓を閉め切ると、今まで入ってきていた風が遮断された。裸足で病室をぺたぺたと歩けば、足の裏にひんやりとした感触が広がる。ベッドへ戻って、椅子に腰掛けている翔くんと向かい合う形で座って、ねえ、と口を開く。

「なんで白じゃないのかな」

 最初の独り言を、今度ははっきりと口に出す。どうして幸せの色は、黄色なのか。私はそれを一番理解しているのに、その問いを翔くんに投げかける。雑誌を持つ手に少し力が込められたのを私は見逃しはしなかった。

「何でそんな意地悪言うん、キミィは」
「……」

 お母さんをこの病院で亡くした翔くんは、病院の白にお母さんの死を重ねる。それでもこの場所に通ってくれるのは、私がいるから。お母さんの入院中に知り合った私が、まだ生きているからだ。私のは特に死に至る病ではないけれど、中々病状は良くならない。一時退院は仕事が忙しいお母さんに代わって私を預かってくれているおばあちゃんの家に帰る私に、こちらでの友達はいない。私の傍に居てくれるのは翔くんだけ。

「ボクは、白は嫌いや」
「知ってるよ」

 でも私は、この色のことは嫌いじゃない。白は私と翔くんを出会わせてくれた色だから。
 黒よりも色濃い絶望から、希望に変えてくれた何よりも尊い色だから。

「私は好きだけどな、白」

 病院に溢れてる白を指して「不幸の色」と君は言うけれど、私にとってそれは未来の色。

「白はウエディングドレスの色だしね」
「アホちゃうの」

 割と本気で言ったのだけれど、翔くんは呆れたように溜息を吐いた。「学校行かんと思考回路まで退化するんか」などという憎まれ口のおまけ付きで。

「学校行かないのは私の意思じゃないし、ちゃんと勉強はしてるよ」
「そんなん知っとるわ」

 翔くんは基本優しい。あまり人と喋るのが得意じゃないのに、私が退屈しないようにと口を開く。飛び出てくるのはいつも小馬鹿にしたような口調だったり皮肉だったりするのだけど、それが本気ではないと私は知っている。赤い頬と耳が、それを物語っているから。

「翔くん嬉しい?」
「嬉しないわ」

 翔くんを見つめながら微笑めば、彼は慌てて私から視線を外して膝の上の雑誌を読むフリをした。部活でのことを私に話して聞かせるとき、ザクがどうの作戦がどうの不穏な言葉ばかりの翔くんだけど、私の前ではこんなに可愛い。ねぇ誰にも、そんな顔は見せちゃイヤだよ。

「翔くん、」
「……何や」
「ありがとう」

 傍にいてくれてありがとうって意味でその言葉を伝えたら、翔くんは目を見開いて、ヒュッと一瞬呼吸を止めた。それから、ゆっくりと息を吐き出して、再び私を「アホか」と罵る。

「なまえにお礼を言われることなんかなんもないないわ」
「えー、こんなに感謝してるのに?」
「いらん」

 素直じゃないなあと呟けば、翔くんの表情が曇る。どうやら謙遜ではなく、何か思うことがあるようだ。私はかける言葉を間違ったかもしれないと少しだけ後悔を覚えながら、では何を伝えたら翔くんは喜んでくれるだろうと考えた。

「翔くん」
「キミィさっきからしつこいで。何やの?」
「好きだよ」
「!」

 その言葉を口にした瞬間、翔くんの膝の上にあった雑誌がばさりと床に落ちた。元々大きな目が更に見開かれて、頬がじわじわと赤みを帯びていく。それでも意地っ張りな翔くんは、「キモイ」と吐き捨てて雑誌を拾い上げた。また私の告白は不発かあ。以前から何度か繰り返しているやりとりに、今回もまたダメだったかと溜息を吐く私をちらりと横目で見た翔くんが小さな声で呟いた。

「実際の色と目に見える色は違うんや」
「え?」
「海や川の色を、水色や青で表すんは光の反射で周りの色を映しているからで実際は透明なんや。それと同じやろ」
「えっと……つまり、どういうこと?」

 翔くんの言葉は難しくて、その意図がよくわからない。多分馬鹿にされるんだろうなあと思いつつ尋ねれば、予想通り「やっぱりなまえはアホやな」と返された。

「ボクは、白は嫌いや。けど、黄色は実は白なんかも知れん」

 翔くんがそう言いながら視線を病室のカーテンに移すので、それに倣い私も視線を向ける。白に黄色を混ぜたクリーム色のカーテンの奥に、白いレースカーテンが覗く。黄色が白ってどういうこと? この部屋には翔くんの嫌いな白しかなくて、幸せの色なんて翔くんの手にある雑誌の自転車のカラーリングくらいだ。

「黄色や黄色や思うとったけど、キミィの言うとおり、白が嫌いなんはおかしい」

 小さい頃、画用紙にクレヨンで絵を描こうとして実体のないお日様の光を黄色で描いた。真っ白な画用紙に白で描いても見えないから、それが普通だ。
 川を流れる水も、吹き抜ける風も、世界を照らす光も。透明で実態がなくて、白い光の反射によってそう見えているに過ぎない。翔くんの見ていた黄色い世界は、きっと白い世界の中にあるんだと思う。
 カーテンから視線を私に戻した翔くんは、いつになく真剣な顔で私を見た。視線を感じながらも私の方はカーテンに視線を注いだまま。なんだか翔くんの顔が真っ直ぐ見れなくて、ぼんやりと思う。混ざり合ったら、あんなふうな色になるんだろうか。私たちの幸せの色は。
 私と視線が合わないことなど構いやせず、翔くんはぼそりと口を開いた。

「ありがとうは、こっちの台詞や。認めたないけどな」
「……翔くんなんかクサいね」
「前言撤回や。もう一生言わん」

 嘘だよ。珍しく告げられた翔くんの真っ直ぐな感謝の言葉が照れ臭くて、くすぐったくて茶化した私に翔くんが拗ねてそっぽを向いてしまう。いつもは自分がからかうくせに、やられる方になるとこうして拗ねるのは子供じゃないのかな。なんて、思っても口には出せないけれど。
 それじゃあお互い感謝し続けようね。なんて笑いながら少し足が冷えてきたので布団に入り込んだ私の耳に、翔くんがぽつりと零した言葉が届いた。

「ボクもや」
「え、何……が、」

 疑問に思ってふとそちらを見てしまったのが間違いだった。
 いつもの読み取れない表情の奥に見える優しい目の色が、彼が言わんとしている言葉を私に強く伝えていた。

「好きだよ」

 だいぶ前に伝えた言葉に対するアンサーだと気づいてしまった私は、恥ずかしさのあまり三秒後には布団の中で震えることになる。








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