低俗な夢をかぞえて笑うの(銅橋)




ねえ銅橋くん、こっち向いてよ。
そんな声を出しながら、こちらに擦り寄ってくる。俺は頑なにみょうじから目を背ける。だってお前、そんなキャラじゃねえだろ。ほんとのお前はもっとこう、しゃんとしてて、芯があって、そんで。
銅橋くん、ねぇ。どうして見てくれないの?私のこと、きらい?
みょうじはまた猫撫で声を出す。違う。違うんだ。みょうじが嫌いなわけじゃねえ。でもワイシャツ一枚で娼婦みたいにこちらに擦り寄って、普段出さない高い声を出すみょうじの姿は見たくねえ。だって、それはみょうじじゃない。どう考えてもみょうじだと思えないし思いたくない。
何度も何度も俺の名前を媚びながら呼ぶみょうじの方を、やっと俺は勢いよく振り返る。みょうじは嬉しそうな表情を一瞬する。ひたすらに女らしい顔だった。そして俺は、いつものように、いつもと同じ台詞を吐く。

「もう出てくんじゃねえって何回言やいいんだ!!」



自分の大声で目が覚めた。
ベッドの上に転がる目覚まし時計はまだ朝の四時を指していて、鳴る様子は全くない。はぁ、と大きなため息を吐いて体を起こすと、何時間も寝たとは思えないくらい体がだるいままだった。きっとこれも、あの下品でどうしようもない夢の所為だ。





ここ一、二ヶ月、同じ夢を何回も見る。もしかしたら今日見た分も含めると二桁に上るかもしれない。
夢には例外なくみょうじなまえが出てきた。
みょうじというのはクラスメイトで、同じ委員会で、度々委員会関連のことを話す。特別仲が良い訳ではない。だけど俺には女子と話す機会なんて殆どないし、女子も女子で俺と積極的に話そうなんて意識は毛頭ないらしいから、みょうじは異性の仲では一番仲が良いと言えなくもないかもしれない。とにかく、みょうじという人間と俺の関係性はそんな感じだ。
以前真波といる時、みょうじのことが話題に上ったことがある。「バシくんが女の子と話すの珍しいよね」と真波は笑っていたので笑うなよと釘を刺した。

「みょうじさんかぁ。真面目ってほどじゃないけどしっかり者だよね。委員長みたい」
「まぁ、ちゃんとした奴だよな。媚びたりしねえし」
「かわいいお花って感じじゃなくて、なんだろ。百合みたいな感じだよね」

百合わかる?バシくん、と言われ、さすがに分かるとちょっとだけ真波を睨んだのは記憶に新しい。
確かにみょうじは、薔薇とかコスモスとかそんな可愛らしい花は似合わなかった。百合のような、しゃんと立っている花がよくよく似合う。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、という言葉はみょうじのためにあるのではないかと思ってしまうくらいには、そういった花のイメージが彼女にはあった。
誰にも媚びず、でも不快感は与えず、一本芯があって自分の力だけで立っているような、そんなイメージが。

だからこそ、だ。

だからこそ、俺の夢の中に幾度となく出てくるみょうじはみょうじではないという思いが強くなる。あんなに媚びて、不快感を与えて、全てを他人に委ねて自分の力では立ち上がれないような、あんなみょうじ。本物とは似ても似つかなくて、ただただ真反対の、俺の夢の中で構築されたみょうじ。
自分の夢の中で作られた存在だということは、俺は潜在的にあんな状態のみょうじを求めているのだろうか。いや、でも俺の中にあんなみょうじを求める気持ちがあってたまるか。みょうじをそういう目で見るつもりなんて全くないと思っているし、何よりみょうじに失礼だから。
そんな事を考えつつ、いやこんな碌でもない事を考えるのはやめよう、と頭を振った。

「どしたの銅橋くん。なんか納得いかない?」
「……や、そういうんじゃねえよ」

委員会で作った資料と重ねてとんとんと纏めながら、件のみょうじが俺に声をかける。今は委員会の仕事中で、みょうじと二人で作業をしていた。そんな時にあんな夢の事を考えるなんて失礼にも程があるのは分かっていたが、最近どうもみょうじの姿を見ると夢がちらついて仕方がなかった。
目の前の、髪をきちんと結んで制服も着崩しておらず姿勢の正しいみょうじを見ながら、夢の中の俺に媚びるためだけに生まれてきたようなみょうじが浮かんでは消える。
これはある意味、耐え難い苦痛だ。

「……最近めちゃくちゃお前が夢の中に出てくんだけど」

でかい図体に似合わず小さな声で言うと、みょうじは耳ざとかったようですぐに反応をした。

「私が?」
「おう。悪夢は話したら正夢じゃなくなるとか聞いた事あるから話す」
「私が出てくる悪夢ってどういうことなの」

みょうじは眉を顰めて言う。
悪いな、でも俺にとっちゃ悪夢というか、それに近い物だと思うんだ。それに悪夢だと称することで、俺が望んだ夢ではないということを強調出来る気がした。夢に出てくるお前は俺の望んだ形じゃなくて、逆に悪だと言い切れる形だ。

「夢に出てくるお前はさ、なんつーか、すげえ現実のお前とは真反対なんだよ」

話し始めると、みょうじは両肘をついて俺の方を見ながら話を聞いていた。
少しアダルトな内容の夢なので、言葉を選びながら話す。いつも感覚的に会話をしているから、こんなに考えながら話すことはなかなかない。気を遣いながら話すのはこんなに面倒なものなのかという点で苦労した。

「ーーで、なんか迫ってくんだよ。お前が。じりじりと」
「大人向けな夢だね。でもちょっとだけ怖そう」

自分が大人向けな夢に出演させられているというのに、みょうじはへらりと笑いながらそう言った。やはりみょうじの笑い方は媚びたものではなく、こんな風に無邪気で高校生らしいものであるべきだ。夢の中のみょうじは夢の中だけの存在で、現実はもっとあっけらかんとしている。そうだ、これで良い。これが正解なのだと、思う。
みょうじは静かに目を伏せたあと、斜め30度ほど俯いた。どうした、と声をかけると少し動く。ふっと息を吐く音が聞こえて、俺がみょうじの変化に気付かないうちにみょうじは首をもたげた。

「もしもの話だよ」

頬の横に垂れた髪を、耳にかける仕草は女特有だ。みょうじは俺の目の前でそれを、きっと無意識のうちにした。
そして出したのはさっきより少しだけ高い声。それも同様に女らしさを物語っていた。

「悪夢を話しても、正夢になっちゃったら、銅橋くんはどうする?」
「……どうする、って」

みょうじの顔を正面から見ると、それは夢の中で会ったみょうじと近しい表情をしていた。俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように、動かずただただそれを見る。図体は俺の方がでかいのに俺が蛙でみょうじが蛇で。百合が百合で無くなっていく感覚が分かった。きっと百合は、枯れた。

「気になっただけだよ、どうするのか」

女らしい笑みを、初めてみょうじが浮かべる。それに心臓が掴まれた気がして、そしてその瞬間にやっと、夢の中の低俗なみょうじは俺が望んでいたものだったのだと知った。








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