低俗な夢をかぞえて笑うの(鏑木)




 将来の夢はカブトムシ。幼少期から小学校の低学年までそう言っていたと思えば、今度は特撮番組の真似をしながら「ヒーローになる!」なんて言いだして、それは小学校高学年まで続いた。弱いものいじめなんかも容認できなくてケンカの渦中に飛び込んでボコボコにされたり、ヒーローショーの悪役を倒すと息巻いてショーに乗り込んでいったり。私や竜がどれだけ振り回されたか、彼は全くもって理解していないのだ。私たちが傍にいることを当たり前と思って、疑っていない。それはそれでいいし事実その通りなんだけど、一差はもう少し周りを省みた方がいいとは思う。

「みょうじ」
「あ、一差と竜の先輩……えっと、」
「手嶋だよ。こっちが、青八木」

 一差と竜の部活を見に行ったときに見かけた二人の先輩に呼び止められて、どうしてこの人は私の名前を知っているんだろうと困惑する。それに気づいた手嶋先輩が、苦笑を浮かべながら教えてくれた。

「たまに見に来てくれてるだろ? 鏑木と段竹が、幼馴染なんだって教えてくれたよ」
「そう、ですか」

 それで、その先輩達が私に何の用なんだろう。私に何か用ですか? 思い切って尋ねたら、ああそうだと頷いて手嶋先輩はプリントを二枚、私に差し出してきた。

「二人に渡してくんねぇかな。さっき教室行ったら不在でさ」

 これから他の一年や二年生達の教室も回らないといけないのだと言う手嶋先輩は、笑ってはいたけれどなんだか大変そうで。多分あの二人のことは私の方がまだわかっていると思うので、頷いてそのプリントを受け取った。

「渡しておきます」
「おう、頼んだわ」

 そう言うが早いか踵を返して他部員の教室へと向かう手嶋先輩と青八木先輩。青八木先輩は終始無言で、手嶋先輩に紹介されたときと今私の前から去る直前に会釈をしただけだった。
 二人の背中を見送って、私は一度お弁当を取りに教室へ戻る。私が教室から出る前には確かに教室にいたはずなので、つまり私がトイレに行っている間に二人がどこかへ行ってしまったということ。私を置いて。
 中学の頃、クラスの女の子にバレンタインチョコを貰って真っ赤な顔で「女と仲良くなんかできるか」って言い捨てた一差。多分あれは一差の好みではあったのだろうけど、男女の付き合いをするには一差の思考回路はあまりに幼い。中三になってもクワガタ取りに夢中になっているようなやつだ。そんな彼が、唯一傍にいることを許されている女――と言えば何だか特別な感じがして素晴らしいことのように思えるが、実際はそうではない。竜包が一差の保護者であるとすれば、私は手下だ。現在進行形の思春期を迎えたばかりのころ、女に近づくなオーラを出しておきながら私を遠ざけようとはしない一差に理由を尋ねれば、お前はいいんだとあっさりと言われた。その委細は聞かされてはいないものの、意訳すれば「お前は女だと思っていないから」ということなのだろう。ふざけるなと言って殴ってやりたい衝動を抑えるのに必死だった。だからなのだと、思う。今現在、私がこうして二人に置いてけぼりを食らっているのは。

 一階廊下の窓下。地面に小さく座り込んで食事する二人に声をかけた。

「一差、竜」
「!!」
「……なまえ」

 二人が行きそうな場所はよくわかる。竜包は別に私を意識してはいないので、ただ一差に付き合わされているに過ぎない。だから一差が考えなしに選ぶこの場所に、私が来ても驚きはしない。当の本人以外は。

「なまえ、お前なんでここが!」
「先輩に頼まれたの。これ、渡してくれってさ」

 そう告げて一枚ずつプリントを渡せば、一差はそれ以上言えずに黙る。わかっている。彼が言いたかったのは、私がここへ来た理由などではなくどうしてこの場所がわかったのかだということくらいは。けれどそんな話は、プリントを見た瞬間に一差の頭からは抜け落ちていた。

「今度のウェルカムレース、絶対勝つぞ段竹!」
「……ああ」

 絶対勝つ。その言葉と、二人の瞳に宿る熱血魂を感じ取って私は、一差にこう尋ねた。

「そのレースに勝つのが、今の一差の目標なの?」
「おう! このレースに勝てば、段竹と一緒にインターハイメンバーになれるんだ!」
「正確には、一位と二位でゴールが出来ればの話だ」

 つまりはそういうこと。プリントにはウェルカムレースとやらの詳細が書かれているらしい。一差がそこまで得意げに言うという事は本当なのだろうけれど、三年の方からそんな条件を出すはずがない。また一差が無茶を言ったんだなと確信しつつ、決まりきった答えを想像しながらもあえて更に尋ねる。

「一差は、インターハイに出てどうするの?」
「はぁ!? 勿論、インハイで走って一位でゴールするに決まってるだろ! 全国に俺の名前を刻むんだ!」
「……」

 それは、文体にすれば昔よりは現実的なものだったが、その規模はあまりに小さく、幼稚だ。身体は成長しても心は幼いままの一差。勝つことにこだわって、その先を見据えていない。彼にとって大事なのは現在であって、未来のことには無関心なのだ。

「女のなまえにはわかんねーだろうけど」
「!」

 その言葉を聞いた瞬間、私は一差の手から渡したプリントをひったくっていた。

「何すんだよ!」
「一差の方が何なのよ!」

 女として見ていないって間接的に言ったり、かと思えば今度は女に男の世界はわからないとか。男だとか女だとか関係なく、私は今まで二人の傍にいたのに。

「馬鹿みたいな夢ばかり並べて、叶うはずなんかないのに。おかしくて笑っちゃうわ」
「じゃあ、お前の夢は何だよ!」
「え」

 真っ直ぐな目で見つめられて、私は動きを止める。呼吸さえも止まってしまいそうだ。

「なまえには、そんな高い目標があるのかよ」

 一差が私の夢を聞くのは、初めてだった。俺は将来○○になりたいんだ、とトンチンカンなことばかり言っていて周りに笑われていた一差だったけれど、その実私も、口に出して言うにはあまりに幼稚な内容にすぎなかった。

「ほら見ろ、ないんだろ。それで俺のこと言えるのか!」

 指差して一差が小馬鹿にしたような態度をとるので、私は自制心を失いつつあった。その後ろで、竜包が一差をたしなめようとするが、もう遅い。

「あるよ! 私にだって、夢くらい!」
「じゃあ言ってみろよ!」

 ヒートアップする私たちの言い合いに、困り顔の竜包。そしてちらほらと数名の生徒が窓から顔を出す。私はと言うと既に半ば自暴自棄になりながら一差に向けて言葉を放つ。自暴自棄と言っても無意識なものではなくて、もうどうせ、このままいても先に進まないのはこちらも一緒なのだという諦めからの発言だった。私は、腹を括ったのだ。

「私の夢は、一差のお嫁さん」

 今も昔も、それだけだった。一差が私を子分のようにしか思っていなくても、私は最初から一差のことが好きで、だから何でも許せた。高校に入って、彼が私を遠ざけるようになるまでは。
 私の告白を聞いた一差は、目を瞬いてその動きを止める。一瞬、何を言われたのか、彼の幼い脳では呑み込めなかったのだろう。徐々に顔が、赤みを帯びていく。

「!! な、な……っ!?」
「一差が言えって言ったんだよ」

 公開告白に、校舎内からおぉ、と小さく歓声が上がるのが聞こえて、私も少し恥ずかしかった。傍でその様子を見せ付けられた竜は私の気持ちを知っているからか驚きはしなかったもののやや恥ずかしそうに頬を染めながら、呆れたように溜息を吐いていた。
 そこにちょうど、先ほど私がお使いを頼まれた手嶋先輩と青八木先輩の両名が通りかかって、目を瞬いているのが見えた。手嶋先輩は事情を察してニヤニヤしながら青八木先輩と一緒に校舎内へ戻って行ったけれど、その様子を目にした一差の恥ずかしさがピークに達したようだ。

「お、俺、俺はっ! まだ結婚なんてしねぇぇぇ!!」

 別に今すぐに結婚しようとか言っていないし、そもそもこの年齢じゃ私はともかく一差はできない。
 真っ赤な顔して逃げ出してしまった未来の旦那様の背中を見送ってから、竜と顔を見合わせて笑った。

「良かったのか?」
「何が?」
「なまえは高校卒業まで一差には言わないんだと思ってたからな」
「そうなの?」
「そうだ」

 竜が淡々とした口調で言うから、私も冷静に考えることができた。確かにさっきの告白は感情的になってしまった結果だったけれど、これはこれでいいと思ったのだ。

「一差にはあれくらいがちょうどいいよ」

 鈍感でお馬鹿な私の好きな人。一差と結婚したら苦労しそうだなと笑う竜に、私も全く持ってその通りだと同意した。だけど、それでも。

「一差がいてくれるだけでいいよ」
「そうか」
「うん」

 竜と話しながら、私は一差が走っていった方向を見ながら呟く。
 私の夢が叶うのは、もう少し先になりそうだ。








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