つみ上げたマカロン(隼人)




※社会人設定

デザートが運ばれてきたときに、急に「あ、今言わなければ」と思った。何故このタイミングだったのか、何故言わなければいけないと思ったのか、それは自分でも分からない。いつだって、恋はそういう「意味の分からなさ」が付いて回るのだから仕方がない。恋は意味がわからないものだ、そして恋とは甘いものだ。もしかしたら、だからデザートスイーツを見て恋と結び付けたのかもしれない。
スイーツに疎い私は名前も分からない、けれど丸くて可愛らしいお菓子をひょいと人差し指と親指で摘みながら、正面で同じように食べている隼人くんに向かって声を出した。隼人くんも同じようにしているということは、このお菓子の食べ方はきっとこれで合っているのだろう。

「隼人くん」
「ん、なんだ?」
「私、隼人くんのこと好きなんだけど」

基本好き嫌いせずになんでもぱくぱく食べてしまう隼人くんは小さなお菓子をそのままぱくんと食べてしまいそうだったけれど、私の口から出た言葉を聞いて一瞬動きを止めてしまった。私は構わず口に放り込んで、今の今までグラスの中に残っていたスパークリングワインを喉に流し込む。ワインは苦手だが、隼人くんが選んでくれたこれは甘口で私でも飲みやすかった。
ちらりと目線を右にやると、窓の外には都会の夜景が広がっている。夜景の見れるレストランで食事が出来るのは、お互い無事社会人になれたことへのご褒美のようなものだった。高校からの腐れ縁が今の今まで続いて、隼人くんと私は普通ならカップルで利用するようなこんな煌びやかなレストランに来てしまったのは運命なのか偶然なのか、はたまた腐れ縁の強みなのか。

「……いつからなんだ?その、俺を好きっていうのは」
「んー、いつからだろう」

すぐにイエスかノーかが返ってくると思いきや、隼人くんはさっき食べ損ねていたお菓子を一口齧ってそんなことを聞いてきた。私はお菓子と同じ皿に添えられていたケーキにフォークを突き刺しながら、ええと、と記憶を辿る。
そもそも、隼人くんと仲良くなったのはいつからだろう。高校三年間クラスが同じだったけれど、最初はあまり話した事がなかった気がする。隼人くんは部活で忙しかったし、なかなか顔がいいのでファンクラブなんかもあったりして、うかつに近づかないほうが身のためなのではなんて思っていた。
仲良くなったのは高校三年の秋くらいだろうか。志望校が同じだからという理由で、赤本や過去問を貸し借りしたり、一緒に勉強したりした。隼人くんと同じ部活の福富くんも明早大学を志望していたので、三人で。
そのときはまだ、恋慕の感情はなかった気がする。

「高校のときは、まだそういうんじゃなかったかな」
「じゃあ、大学入ってからか」
「そうだね、大学生活に慣れて……少し経ったときくらいからだと思う」

大学一年の、夏頃だろうか。
その頃所属しているサークルの男子からアピールされ始めて、その人に全く興味が無かった私はどうしていいのか分からず友人に相談した。「アイツ結構顔良いし優しいけど、だめなの?なまえ、他に好きな人でもいるの?」と不思議そうな顔で質問され、そのときはた、と思い浮かんだ顔は隼人くんの顔だった。そのとき初めて、私は隼人くんが好きなのだと自覚した。
それを目の前の隼人くんに言うと、隼人くんは面白そうに目を細めた。

「じゃあ、そのとき言ってくれれば良かったのに」
「言えないよ、隼人くんとの友情ぶっ潰しにかかるようなもんじゃない」
「そうかな?」
「そうだよ、特に隼人くんは女子にモテてたから言いづらかったの」

ミルフィーユ状になっているケーキを口に含むと、でれっと舌が甘くなる。これは隼人くんの好きな味だなと無意識に思ってしまうあたり、私もなかなか重症なのかもしれない。隼人くんも隼人くんで美味しそうに食べるから、私の見立ては間違いではないのだろう。
お洒落なお店でのディナーなのに、可愛らしいケーキを二口で食べてしまうのが隼人くんらしい。

「モテてたか?俺」
「うん、めちゃくちゃモテてた。高校でもね」
「うーん……自分では分かんないし、気にしてもないんだけどな」

そんな風に言いながら、困った笑みを浮かべる。自分への好意にあまり目を向けることがないらしい、では私の好意も流されるのだろうか。
不安そうに隼人くんの目を見てみると、彼はあまりに綺麗な表情をしていたから思わず逸らしてしまった。隼人くんに真っ直ぐ見られると、どうも目線を外してしまうのだ。たぶん、恋とはそういうものなんだ。
隼人くんはお皿に乗ってある二つ目のケーキのミントをそっと摘まんで、皿の端にちょこんと乗せた。そして口を開く。

「大学入ってからだと3年くらいも思われてんのか。想いが積み重なってんなぁ……男冥利に尽きるな」
「はは、色男だからね隼人くん」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてる褒めてる」

曖昧に微笑んで答えながら、自分の気持ちが受け流されるのかどうなのか、私はそこが気になっていた。
なんでこのタイミングで告白してしまったんだろうと今になって思う。電話やメールならまだしも、こんな逃げ場のないところでしてしまうとは背水の陣もいいところだ。けれどそう思ったところで告白した事実は変わらない。
二つ目のケーキもぺろりと食べてしまったしまった隼人くんは、ごそごそとバッグを見ている。お会計をするために財布を探しているのだろうか、全額払わせるわけにはいかないから私もバッグから財布を出そうとすると、隼人くんに手で制された。首を傾げてみせると、隼人くんはにこりと笑う。

「さて、先越されちまったけど」

そう言いながら、隼人くんはバッグから手を引き抜く。その手には小さな箱が握られていて、それをテーブルの中央に静かに置いた。

「……これは?」
「まぁ開けてみろよ」

ウインクをされてしまえば、もう私はその言葉に従うしかない。腕を伸ばして箱を手に取ると、思っていたより少し重い。上半分が蓋部分で、下半分が本体のようだ。蓋はしっかりしていて、少し力を入れて開ける必要がありそうだった。
ぐ、と親指に力を入れると、ぱかりと開いた。
中にはシルバーが光っていて、なんだろうと顔を近づけるとそれが何なのか分かった。

「……こ、これ」
「リング。なまえの好み分からなかったから、シンプルなのにしちまったけど」

付けてみたら?と隼人くんが言うので、その言葉に流されてそれを指に通す。それは薬指にぴったりで、驚いて隼人くんの顔を見ると彼はいたずらが成功した子どものような笑みを浮かべた。

「高校の頃から好きだったぜ。想いが積み上がってんのは俺の方だよ」
「…………ほんと?」
「ほんと。告白するときにリング渡すのも気が早すぎるかと思ったけど、恋って意味分からないことばっかだしいいかなって」

こんなお洒落なレストランの、夜景の見える席。そこでリングを渡しながら言うことは少し子どもっぽいけれど、隼人くんならそれもいいのかもしれない。
積み上がった想いと恋の意味不明さに助けられた私は、お洒落なレストランの夜景の見える席にとても似つかわしくない子どもらしい笑顔を浮かべてみせた。








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