つみ上げたマカロン(悠人)




※中学生設定(ヒロイン高校生)

「なまえちゃんってさあ」

 隣の悠人が、呆れたように口を開く。テーブルの上でぐちゃぐちゃに崩れたデコレーションケーキは、彼の兄が大学受験に受かったことを祝うためのものだった。

「本当に不器用なんだね」
「面目ない……」

 隼人君のお祝いをしよう。サプライズだから手伝って、と悠人に頼んだのは私だった。
 隼人君のお祝いと、ついでに悠人の高校合格祝いも兼ねようね。私がそう言えば悠人は「っていうか、なまえちゃんだけじゃケーキ作れないからでしょ」と言った。見透かされていた。

 新開兄弟と私は所謂幼なじみで、物心ついたときには何となくいるのが当たり前になっていたような気がする。しかし、年齢を重ねるごとに思うようになった。いつまでも変わらない、などということはないのだと。箱学寮に入った隼人君は、長期の休みの時にしか帰省しない。私は家から一番近い高校に電車で通っているから、隼人君が帰ってくると聞いたらすぐにでも会いに来ていた。でも来年度からは隼人君はもっと遠くに行ってしまうし、その上弟の悠人までも箱学寮に入ることになっている。私は、寂しいのだと思う。私の元を離れていく二人が、あまりにいつも通りで平然としているものだから、きっと悔しいのだ。私ばかりが二人を好きで、変わることを厭わない彼らに言い知れぬ不満を抱いている。それを悟られないように平然を装ってはいるのだけれど、隠し事の得意じゃない私のこの思いを、一体悠人はどこまでわかっているんだろう。

「なんて顔してるのさ」
「!」

 愕然とする私の右脇から悠人が手を伸ばし、総崩れになったケーキのクリームを指ですくって舐めとる。

「うん、味は良いよね」

 さすが俺、と悠人が呟く。確かに作る工程は全て悠人が指南してくれたけど、自分でそれを言ってしまうのはどうなんだろう。しかしその全てを台無しにしてしまった私は、悠人に対してそんな軽口を叩いたり出来るはずもなかった。

「ごめんね」
「別に責めてないよ。材料は余分に買ってあるんだし、また作ればいいんじゃない」
「でも、」

 ちらりと時計を見やる。今から作り直して仮に成功したとして、隼人君が週末帰省のため箱根学園から帰ってくるまでに後片付けや装飾を含めて終わらせられるだろうか。お菓子作りだけではなく基本的に不器用で要領の悪い私には、難しいことのように思えた。
 私の視線の先にあるものを見て理解した悠人は、ちょっとだけ苦笑混じりに言った。

「時間のこと心配してる?」
「うん」
「別にサプライズじゃなくてもさ、兄貴なら喜んでくれると思うし、最悪この崩れたのでも、なまえちゃんが作ったものならありがとうって言って食べると思うけど」

 確かに、隼人君はそういう人の気持ちを慮ることのできる人だ。不器用な私のことも知っているから、きっと心から喜んでくれるに違いないのだ。けれど、それでも

「今度こそはって、思ったのに……」
「……」

 合格が決まったと電話をくれたとき、おめでとうと伝えた声が震えた。隼人君はきっとわかってる。だから、ありがとうのあとに「今より離れちまうけど、ごめんな」って私に言った。別に隼人君の人生なんだし、私たちは恋人同士でも何でもないのだから隼人君が気にするのはおかしい。そんなことを言わせてしまった申し訳なさと、大丈夫だよって伝えたくて、

「……隼人君に、」

 伝えようって、思ったのに。
 ありがとうと、それから、

「――隼人君が好きって?」
「!!」

 隣で囁かれた言葉に、弾かれたように顔を上げた。隼人君とそっくりな顔で、獲物を追い詰めるような鋭い眼光を放つ悠人。なんで、なんて言えなかった。

「知ってるよ。なまえちゃんだって、知ってるでしょ」

 俺の気持ち。悠人がそう言って、ぐちゃぐちゃのケーキに視線を落とす。そう、私は、私たちは、自分達のこの関係を知っている。私は隼人君を追いかけて、そんな私を悠人が追っかけて。だったら隼人君は一体何を追いかけるんだろう。終わりの見えない追いかけっこを続けながら、私はいつも考えないようにしていたことがあった。だけど、隼人君が電話口で言った「ごめんな」の意味を考えれば、考えないようにしていたその言葉が嫌でも脳裏に浮かんでくる。最後まで、答えてやれなくてごめんなと、彼は私に言ったのだ。

「……悠人、わたし」

 なんて言えばいいのかわからないまま、それでも何か言おうと悠人の名前を呼べば、彼は小さく息を吐いて私に優しい眼差しを向けた。

「なまえちゃん、もう一回作ろう」

 呆然と立ち尽くす私にそう声をかけて、悠人はさっさと汚れた道具達をシンクに運ぶ。がちゃがちゃと手早く行動する悠人の隣で、私は戸惑いながらもピカピカになったそれらの水分を拭うために布巾を手に取る。悠人は何も言わない。
 蛇口から流れ出る水の音と、スポンジで食器を洗う音と、キュッキュッと布巾の擦れる音がする。今から作っても、隼人君が帰ってくる前にケーキは焼けるだろう。焼き時間に飾りつけと片付けは出来るところまでやればいい。完璧じゃなくても、きっと隼人君は怒らないから。だけど、今の私たちの気持ちはどうなるんだろう。このまま、隼人君を迎えられるわけがない。

「悠――」
「なまえちゃん」

 沈黙に耐えかねて私が悠人を呼ぼうとすると、その前に悠人が私を呼んだ。

「え、なに……?」
「なまえちゃん覚えてる? 昔のこと」
「?」
「炭みたいなホットケーキ、兄貴に食べさせてたよね」
「!!」
「あと、外は黒いのに中が生でどろっどろのドーナツとか」
「わあああ!」

 急に何を言い出すのかと思えば、それは昔の私の失敗談。他にも塩と砂糖を間違えると言うベタもやったし、ケーキが膨らまずに煎餅みたいになったりもした。だけど、そんなの今何の関係があるんだろう。

「今日はさ、デコレーション用のクリームが上手く立ってなかっただけで、いい線いってると思うんだ」
「……悠人のお陰でね」
「そうかもしれないけど、でも昔よりは進歩でしょ」

 悠人の言いたいことがよくわからなくて、私は今まで以上に戸惑った。そもそもさっきの話の流れからどうしてケーキの話に戻ったのだろう。

「積み重ねって大事だと思うんだよね、俺。今は上手くいかなくても、今日のなまえちゃんみたいに何度も挑戦すればいいって思うんだ」

 洗い物を終えて、今度は測りと小麦粉を取り出す悠人は、私を見ながら微笑む。その顔が、本当に隼人君にそっくりだ。

「俺は別になまえちゃんの邪魔はしない」
「!」
「でも、応援もしない」

 話をしながらもきっちりメモリぴったりに材料を量る悠人。私はというとケーキの話と恋の話が上手く噛み合わなくて、脳内で疑問符がひしめき合っていてケーキを作るどころではなかった。

「なまえちゃんがもしも今日隼人君に告白して、想いが通じたとしても、俺が諦める道理はないわけで。俺も来年から寮だけど、少なくともあと二年は、俺の方がなまえちゃんと近くにいられる。……兄貴よりも」
「!」
「兄貴よりも一緒にいてあげるから、そしたらきっと俺を好きになるでしょ?」

 そこでやっと、私は悠人の言葉の真意を読み取ることが出来た。何なのその言い回し、中三のくせに。私は頭も要領も悪いから、悠人の話を全く理解出来ずに終わるところだったよ。

「なまえちゃんの特別になれるまで、俺も積み重ねてみようと思うんだ」

 隼人君とそっくりな顔で悠人が笑うから、きっとそれは時間の問題だと、思わざるをえなかった。
 結局私、今日は隼人君に思いを伝えられそうにない。だって頭の中は、既に悠人でいっぱいなのだから。








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