アフロディがいない。
確かに昨夜隣で寝ていたはずだ。寝顔が確かに記憶に残っている。家のどこにもいない。俺は焦っていた。昨夜まで、俺の腕の中にアフロディはいたのだ。
血の通っている腕を見つめていても何も変わらない。部屋に掛かっていた私服を引っ掴んで身につければ玄関へ向かう。
アフロディと行った覚えのある場所を全て探すつもりだ。
髪を結うこともせずに玄関の扉を思い切り開く。ガタンと音を立てて開いた扉に目もくれずにそのまま走り出そうとしたその時に、俺は目を見開いた。



「照美…」

そこには届いた当初の箱に白い人形が入っていた。
石になったように動かない身体はだんだんと震えはじめ、俺は箱の前に膝をつく。時間が止まったようだった。朝の寒気も感じない。俺は人形のようだ。
そっと白い人形に触れてみる。それはもちろん動くはずもなく黙って俺の指に撫でられた。
一度目を瞑ると、俺の思考の中は真っ白ではなく、真っ黒だった。

「…照美。なあ…。」

目を開けても人形に変化などない。目を細めて、手のひらを思い切り握る。
吐息が白く舞った。膝を抱える体勢の人形から手を離すと、絹で出来たクッションの下に説明書が見えている。今見ても何も変わりないことは何故か本能が悟っていた。
でも、俺は何かに縋りたくて手にとる。ページを開いていく、厚い説明書は次のページを押さえていないと持ち方によっては閉じてしまう。
その瞬間、あっと言葉を漏らす間もなくパラパラとページが捲れていってしまっては慌てて止めるが、既に最後のページまでいってしまった。

少しクシャリとした、ページの一枚が箱の中へ落ちる。俺の心臓は跳ねた
。早い心音を感じながら説明書を置き、手にとった。
再び白い息が吐き出されれば今度も体が動かなくなってしまったのだ。


一週間の期限まで本実験結果を貴方様の御傍に置いてくださいますことを、こちらとして勝手に決定付けたことをお詫び申し上げます。


4行の文字が頭に入ってこない。見たことがないこのページは今までどこにあったのだろうか。
破られていた形跡のあるページ。まさかとは思う。アフロディが、そうしたのかと。

「ばっかやろ…ッ」

今になって感情が追いついてきたのか一気に喉が苦しくなる。
この歳になって嗚咽づく様は端から見たら怪しいのだろう。
しかし、出てしまったものは止まらない。レンガ模様のコンクリートが灰色に染まる様子には目もくれず服で目元を拭う。
畜生、と言葉が出た。とても軽い身体を支えながら、俺は昨夜のように抱き寄せる。
約束だってまだ果たしていない、一緒にカップを買いに行こうって約束したじゃないか。さよならだって言っていないのに。これじゃあ本当にドラマだ。
ずっと傍にいて欲しいと思った。何より、大切な存在だと。


「好きなんだ…照美。」

真っ白な肌と同化する唇に口づける。
何も変わることはないと、再び目覚めることなんてありえないと分かりきっている。
それでも、何かに心を委ねていな、いとどうにかなりそうだったのだ。
俺は初めてここまで何かに執着していたのだと、気づいた。




(ごめんね、風丸君。とっても悲しい思いをさせてしまったね。涙ももう流れない僕だけれど、本当は君とずっと一緒にいたかったんだ。ごめんね。さようなら。)







「俺、お前が好きだったんだ。」

ジャズのような、ピアノと、昔校舎の中で聞いた吹奏楽部のサックスと言う楽器の音が空間を包んでいる。俺の飲んだティーカップがソーサーに置かれ、ガラスの音が鳴る前に言葉を出した。

「そうだったのか。」

「ああ。きっと憧れも入ってたのかもな。」

そのあとは窓の外を眺めていたから、アフロディの表情は分からないけれどきっと変わってはいない。声がそうだと言っている。
今度はアフロディがカップを傾けた。まだテーブルにきてそれほど経ってはいないだろう俺のは湯気が立っている。
戻した視線には、赤いリボンで束ねられている金の糸のような髪だ。毛先まで絹みたいな、金色。

「お前ティーカップ、好きだろ。」

アフロディと目が合う。
少しだけ表情が変わった。

「よく分かったね。…そんな様子でもしていたかな。」

「なんとなく…いや、」

湯気が薄くなった様子を俯いたときに見れば、再び俺は顔を上げる。そろそろ飲んでも熱くはないかもしれないな。

「秘密ってことにしておいてくれ。」

にっと、唇を引いて答えた俺に対してアフロディは意外にも直ぐに、そうかいと言って微笑んだ。

「俺も好きなんだよ。良かったら買うの付き合ってくれないか?アフロディ。」
外は雲が晴れて日が差していた。車だからあまり関係のない話かもしれないが、出かけるのには丁度いいかもしれない。

「母国へ帰る前に良い思い出が出来そうだ。」

俺とアフロディは紅茶を飲み干して、席を立った。




*誕生日と復活祝いにいただきました…!感動;;
理奈さん、本当に素敵な風照をありがとうございました;;
私事なのですが、心做しという曲を最近聴いたのですけどものすごくこのお話の風照に合っているなあと感じたので、皆さん是非聴いてみてください。(出来たら花たんという歌い手さんが歌ってるものを・・・!)何倍も胸が締め付けられます;;




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