明後日で一週間の中休暇は終わる。俺はカレンダーに日にちごとで×印をつけていないため指で追いながら、明後日の日付に丸印をつけておいた。
両方の腕の袖を捲ると、一度伸びをする。息を吐いて目を開ければもう気合は自然と入ってくるものだ。手首に通してある髪ゴムで手元を見ることなく簡単に結えば、よしと声が出た。
今日は気温も寒いというわけではない、朝食をとったあとはボールに触れて身体を動かそう。休暇に入ってからも身体がなまることがないよう早朝と深夜に走ってはいるが、ボールに触れていないと今でも不安はあったからだ。

「アフロディ、サッカーしないか?」

コーヒーを飲んでいる最中のアフロディに誘いをしてみてはマグカップをテーブルに置き二、三度瞬きをした。すると、悩むそぶりを見せず、頷いて返事をしてくれた。

「じゃあ、あとで外に行こう。」

今の時期でも青々とした芝生が生える広場が近所にある。そこはちょっとした自分の良いところというわけで、冬の時期雪が降らない限りはいつでもそこでやりたいくらいだ。市民体育館とはまた違うものができるし、短い芝生はフィールドと同じだからだ。

「寒かったら言えよ?」

「ああ、分かったよ。」

あくまでも俺が誘った側であり、気温はまあまあだとしてもこの季節は気温が下がりやすい。ましてや上着を着ているといってもアフロディは世宇子のユニフォームだった。
誘ったのは俺だが無理はしないでほしいと願いつつ、俺はあっちな、と少し向こうを指差してボールを持ったままアフロディの元を離れていく。パス練習はやはり初歩であっても欠かせるものではない。距離はここくらいかというところまで些か駆けて行ってはいつもの練習の癖か、距離感で少し、行き過ぎてしまったと一歩二歩、大股で戻る。
芝生にボールを置きトントンとスパイクの先をなじませた。次には聞き慣れたボールが蹴られる音が、自分の足元で発せられ消えていった。
ああ、この感じだ。
アフロディからボールが返ってくると、再び蹴り返す。

「もう少し、強く蹴ってもいいよ。」

そう言ってボールが先ほどよりもスピードがついて返ってきた。分かった、と声を上げ強めに蹴りだす。いつもの練習と同じくらいだ。
それを片足で受け止めるアフロディだったが今度は一歩下がったかと思えばループパスだ。そして俺も一歩下がりそれを受け止める。
まるで、中学の頃に戻ったような感覚を俺は楽しんでいた。アフロディを後ろから見たことがなく、同じチームで共に戦った事がない俺たちだ。
冷たい風が吹いたはずなのに、それは新鮮なものと捉えられ、俺は息を吸い込み靴裏にボールを置いたまま目を瞑る。
頭が冴えるような冷たい空気。それがとても心地いい。一気に吸い込んだ分の息を吐き出せば瞼を上げ目の前で微かに白く曇ったものが視界を掠めた。掛け声も無しにボールを蹴り出し、慣れたドリブルを開始し始めると、距離が詰めていくがアフロディの様子は変わらない。互いの表情が見えるところまで行けば、その顔は微笑んでいる。微かに唇の口角を引いて対峙する俺たちはじりじりと駆け引きのような攻防をしていた。読めない思考を互いに感じながら目線が合ったまま、俺はボールを足から離さない。
アフロディはとても実力のある選手なのだ、ともとより分かっていたことを再度確認させられた。

「…」

沈黙が続いている中、踏み出したのは俺だ。
一気にスピードをつけて抜こうと身体の重心を前に倒すことに意識をもたせつつ、足元のボールへもそれは同じだ。
俺の動きにすばやく反応を示したアフロディは自由に軽い身のこなしをしてこちらを行かせまいと立ちはだかる。俺はスピードが自慢だと言っても、プロでは特別早いと言うわけではない。しかしアフロディの反射神経は素晴らしい。
そんな中ボールの上で足を滑らし姿勢を低くするとボールと同時に身体を左右に揺さぶりをかけエラシコで突破することに成功した。


そのままアフロディより向こう側へ突っ切ろうと走り出した瞬間先ほどまで競り合いをしていたアフロディの身体の高さが異様に低く見えたと思えば視界に金髪が舞う。

「っ、わ…」

変に体勢が崩れたのかとボールをそっちのけで思考よりも腕が先に細い腕を掴んだ。

「大丈夫か?」

「…、うん…。」

俺が腕を掴んだタイミングはアフロディが丁度尻もちをついたような時でもっと早く止められれば良かったと思ったものの、そのまま転ばなかった事に安堵した。
掴むタイミングは
ぱっと肘部分から手を離しアフロディの前に膝をついて様子を窺う。
見たところ目立った怪我はないが俺は目の前の肩に手を置いて確認のために顔を覗き込み、自身の安否を聞いた。するとアフロディは再度、うんと言い俺ももう一度安心した。本当に 良かった。

「良かったよ。」

思っていることがそのまま口に出てはまるで円堂のようだと些か口元に笑いを含んだ。そのまま芝生に腰を下ろし胡座をかいて座り込んだ。アフロディも崩れた体勢か体育座りをした。

「風丸君。」

「なんだ?」

「すごいね。」

誉め言葉は俺にとって昔から照れくさかった。 その言葉にどうやって応えていいか分からなかったし、普通にありがとうと言えばいいものの、それではどこか素っ気がない気がする。
そして今回はアフロディにそう言われ、俺はその返答はぴったりだと思う。
いくら俺がプロになった方といっても俺の中のアフロディは変わらなかったのだ。
FFの時も、FFIのときだってアフロディはすごいやつだと俺の中で今まで思ってきた。
だからなのだろうか。
それはもう癖のようで口を開いてそう言えばアフロディは不思議そうな顔をする。

「…そうかな。」

首を傾げて空を見上げた様子に悩むことなどあっただろうかと俺も首を傾げる手前でアフロディがううん、と呟いた。

「でも、君はすごいよ。」

凛々しい顔をふわりとさせて、そう俺に向けていった言葉は俺自身に何の疑問も抱かせない。そんな気持ちを持ったまま、俺は同じように笑う。

「…ありがとう。」

アフロディがうんと頷いた。



「僕は君から見て、どんな存在だったんだい?」

芝生に腰掛けアフロディは空を見上げたまま呟くように言った。俺は少しばかりきょとんと普段はしないであろう様子になり小さく声を漏らす。
存在といえば…。
さっきも思ったようにアフロディは今でも強いやつだと思う。そしてプロになったアフロディはもっと強くなっているはずだ、きっと縮まることは難しいだろう。ライバル、というには遠く、それでいて何だろうか…。
目の前にいるアフロディは見た目は全く変わらない、しかし中身は違うのだと自分の口で言っていた。
俺はアフロディのことを正直に言えば、強くて完璧で、触れようとしても出来ないような雲の上の存在だなんて思っていた。思っていた、のは過去形だけど今は少し曖昧だ。それは、アフロディを目の前にしてこうして一緒にいたからなのかもしれない。

「…高嶺の花?」

「ふふっ、なんだいそれ。」

くすくすとアフロディが笑ったあとに風が吹く。
再び金髪が踊るように、揺れた。

「ごめんね、データにもあったのだけれど、聞いてみたかったんだ。」

金の糸のような横髪がアフロディの細い輪郭をなぞるように動くのを俺はじっと見つめて、そうか、と一言だけ呟いた。するとアフロディがこちらを向いて同じように見つめてくるのが横目で分かる。
どうしたんだろうか。

「君は、彼に恋慕を抱いていた?」

アフロディと、目が合う。
どくりと心臓の音が鮮明に自分の中で聞こえて、すぐに戻っていった。
恋慕。意味は分かる、けれど実際に辞書を引いたりして言葉を理解としては頭に入れたことがなかった。中2の授業の時、なんとなく開いたページにあったことを思い出した。けれど、説明文は読んでいないままだ。
アフロディは、強い。
空を舞って、眩い蹴りを生み出すすごい奴だ。
俺は、強くなりたかった。前を行く、みんなと肩を並べて走って。強くなりたかったんだ、あいつみたいに。アフロディのように。俺は、アフロディにーー。

「そう、だったのかもな。」

そう。アフロディが一言言葉を落とした。





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