(本編より前の風丸と造られた照美のお話)
リーグ仲間との飲み会から帰った来た俺は自宅マンションの鍵を持ったまま、少しばかり固まった。そこには普通サイズの、だいたいミカン箱くらいの白い段ボールが小奇麗なやり方で包装されていた。
自宅からの郵便の荷物か、と思ったがそれなら不在届けが扉に挟まっているか、下のポストに入っているはずだ。
…とりあえず、俺の帰宅を遮るように真正面に置いてある段ボールを何かしらしなければいけない。しかし、ご丁寧に蓋の上に俺宛の紙が張り付けてあることは事実であり、俺はその段ボールを自宅へ入れることにしたのだ。
さてどうしたものか。
と、言うようにあぐらをかき段ボールの前に腰を下ろす。宅配便で届いた荷物ならばすぐにでも開けるところだが、今回は何故だか手が出せない。
しかし、このままずっと放っておくわけにもいかないことは分かっている。実に俺は今悩んでいた。
そういえば不動が言っていた。知らない人物から自宅へと荷物が届いたらしい。中身はファンからのプレゼントだったというがそこは不動らしく、「風丸クンも気を付けた方がいいんじゃねーの?」と言われたばかりだった。
先ほどの飲み会で、だ。
しかし、その忠告も虚しく俺はついに手をかけて段ボールを開けだしてしまったのだ。
「…人形…?」
白い箱の蓋を、一つ目、二つ目、三つ目と開いていくたびに中身が窺えるようになると首を傾げた。
よくよく見ればマネキンのような白い人形だった。膝を抱えるように踞る姿で入っているものを見つめてはや数秒経てば一度蓋を閉めた。
変なサイトは携帯もパソコンでもいっていない。それなら間違って届けられたか。いや、それはないだろう。張り付けられてある紙は俺の自宅を差していた。
そうなれば誰かからの届けでしかないわけだ。
「何なんだよ…」
実に深いため息をつくと額に手を当てた。逆に俺が膝を抱えたいぐらいだ。
悩んでいても仕方ない、と昔からの友人の言葉を思い出せば意を決して再び蓋に手をかける。
白いマネキンが視界に入ると俺はその下を探りあるものを探した。
あった。些か厚い携帯電話についてくるような説明書を探し出すことに成功した俺は縋る気持ちでページを捲る。そうしてから数分後には既に、いや、今度こそは膝を抱えた。
「ドラマかよ…」
いかに気分が落ちているかは、姿を見なくても俺の声を聞けば分かるはずだ。説明書は、それはもうひとつを除いてアバウトだった。
しかし人間とは実に不思議な生き物で、促されればそうしたくなってしまうものである。と、俺は実に思い知ったのだ。
絶望に近い気持ちであった俺も体勢を箱の中を覗き込む形になっており、人形の顔を見つめている。顔の部分には未だ何も部品の設置は施されていない。真っ白な、ただの人形。
指先でその頬を撫でながら、説明書に書き記されていた行動をしようと身を乗り出して、唇部分だろうかという箇所に触れるだけの口付けを落とした。
何でベッドで寝ているんだったか。
目覚めた俺は考えた。いや、寝床で睡眠をとることは普通なんだが、昨日のあれからは自分がどうしたか忘れてしまった。
とりあえずどちらにしろ起きなければならない。
少しばかり頭痛のする頭を抱えながらリビングへ移動をした。昨日もそんなに飲んでいないはずだ。元々そんなに俺は酒に強いないからか飲むのは控えていた。
それにしても痛いという感覚に気分が沈む。
「いてっ」
一つため息をしたところで足に何かしらぶつかった。よくよく見るとそれは段ボールで、俺は首を傾げる。
……ああ。そのうち俺はぽんと手を打つように理解した。昨日の人形。
結局、したことをしても何の変化を示さなかった様子に俺は寝床に入ったんだったか。
今は片付けて置こう、そう思い箱に手を伸ばすもそれは止まった。
「どこにいったんだ…?あの人形…」
ぽつりと言葉が落ちたほどに少し驚いていた。蓋の隙間から、入っているはずの人形がなかったからだ。
俺は箱から出しただろうか、いや出していない。
止めてくれ、ホラーは得意じゃない。
落ち着くように深呼吸をするも心拍は徐々に高まっていき今にも変な汗が出てしまいそうだ。
と、その時寝室から物音がした。まさか…ありえないだろ。夏のホラーバライティー番組の内容を思い出しながらそっと、先ほどまでぐっすりと寝ていた寝室に足を向ける。そして扉を開けたならば、ベッドに不自然な膨らみ。
何故先ほどは気づかなかったのか。
そんなことを思いながら度々、動く布団を見つめていると呆気なく布団はベッドから落ちた。
言葉を失う、という言葉の使い道はきっとここだろう。
物音の原因は、それはそれは不思議なことに懐かしい姿のアフロディだった。
いやきっと夢だな。夢。
…どんな夢だ。
目が合っている俺達はそのまま何秒か見つめあったままだ。
そんな状況を終わらせたのは向こう側で。口を開いた。
「風丸、くん」
「何、だ?」
言葉を切って話すアフロディと同じように俺も何故かその話し方になってしまった。
この状況で返事を返せる自分に一番驚くところだがそうもいかない。
「さむいんだ。」
それもそうだ。ユニフォームを着ているものの、もう冬に近い時期だもんな、と納得して自分のクローゼットからカーディガンを出して着せてやり、ボタンを留めながら俺は口を開いた。
「なあ、」
「うん…?」
「アフロディ、か?」
「うん。」
そうか、と頷いてからアフロディの手を引きリビングに戻った。
落ち着くために、紅茶でも入れるとしよう。
「あー…、それで何だったか…アフロディ。」
「要するにね、僕はアンドロイド。ロボットだよ。」
「それは分かった。だが何故その姿なんだ。」
カップとソーサーの手前に肘を立て口元で指を組む姿はどこかの優雅なものを想像とさせた。
いや、それはそうだが。
その姿、十年前のアフロディの容姿に俺は頭を抱える。
最初はただの白いマネキンだったはずだ、と呟く。
「…説明書を見ていないのかい?風丸君。」
「あ、いいや…読んださ。」
直ぐに膝を抱えたことは言わないでおいたが、起動の仕方には流石に悩まずにはいられなかった。
起動にはあなたの唇で、なんて本当にドラマだろ…
そこまで思って、未だ疑問が解決されていないことについて俺は再度目の前の人物を見る。
そんな疑問の目線を持つ俺にアフロディは困ったように息を吐いた。
「まだ納得していないみたいだね?」
「ああまあな。」
「じゃあ僕から説明するね。…僕がこの容姿になったのは君の口づけ、つまりキスによるものなんだ。」
話し出した様子に、その中の言葉にしっかりと俺は耳を傾ける。
何故かと言うと、と上手く言葉を繋ぎながらアフロディは説明を続けた。
「キスの最中に想った人物にこの身体は変化するのさ。記憶も一緒にね。つまり、全ては君の唇からかな。」
捲し立てるとは違う様子にただただ俺は理解が追い付くのがやっとだ。
今の技術はもうそこまで、ということを考えている暇は残念ながらない。というよりかは、昨日そこまで目を通さなかった自分に危険すら感じた。
それはそうで。
何故アフロディだったか、だ。アフロディは悩む俺をよそに再びカップに入った紅茶を傾けて飲んでいる。
うんうんと頭を捻らせていればぼんやりと浮かび上がる。
思い出話に花を咲かせていた昨夜の飲み会は、FFIの話が中心的だった。順を追っていく話は予選の決勝、つまりファイアドラゴンだ。
そこで吹雪や不動が口を開いて話す間、俺はしばらく見ていないあいつの行方に思考を傾けていたのだ。最後に見たのは、そうだ…確かアフロディは韓国でプロとしてやっているのをテレビで一度だけだが見たことがあった。
残念ながら記憶は乏しかった俺はアフロディの容姿に関わる髪がやけに思い浮かんでいたのだ。もう十年も前の記憶ははっきりとぼやけずにいるというのに、俺はいつか風に揺れていた金が思考に残る。
ああ成る程、それがやけに思い出されたというわけだ、と俺は腕を組んだ。
失礼な話かもしれないが、十年前のアフロディで良かったのかもしれない。決して今のあいつが嫌なわけじゃなくて、24のアフロディはこの世界に存在しているわけで。いや14のアフロディもこの世界に存在していたわけなんだが…。とりあえず、鉢合わせというあまり良い結末にはならないということを予測しての考えだった。
「分かった、アフロディ。」
「うん。僕も嬉しいよ。」
「それで、だ。何故俺のところに届けられた?」
「あ…、あとは説明書を読んでね?」
にこりと返された笑顔に頷き、空いた時間に読んでおこうと空になったカップをキッチンのシンクに置いて洗いながら、意外と面倒くさがりやだったりしてな、なんてあまり知らない内面のアフロディを予想して口元で笑った。
話の後、忘れないようにと再び白い箱を探り説明書にすぐ目を通すことにした。パラパラと目次を見ることなくページを捲っていく、一通り見ておきたかったからだ。
あるページでこれか、と指を止める。
この度は我らが実現化に成功した研究結果を貴方様に受け取っていただき誠にありがとうございました。お届けさせていただきました研究結果は公平に全人口の中から計十ヵ所を目安とし分別を重ねて選別した結果ですので、
駄目だ、これは本当に危ないのかもしれない。閉じた説明書を遠ざけるように箱へ仕舞おうとした手を止める。
途中で手離してから、のちに大変なことになってからでは遅いのよ、と母親からいつも言われていたのを思い出すと俺は再びページを開いた。
先ほどのところまで指を追い付かせながら読んでいくと、あった。
公平に全人口の中から分別を重ねて選別した結果ですので、安心の気持ちを持っていただくことをお願いしています。
今度こそ俺は説明書を閉じた。
「終わった?」
頭上からアフロディの声が降ってくると同時に自分の肩へ少しの重みを感じる。長い金髪もさらりと肩に乗った。
「ああ、…お前ってすごいんだな。」
「僕は集大成みたいなものだからね。」
朝の九時三十分。
俺は日本の技術を敵に回してはならないと思った。
話もそこそこにしていると小さく俺の身体から音が鳴った。胃の音だった。ああ、と先ほど確認した時刻を思い出しながら立ち上がればアフロディも同じ行動をする。無意識に頭を撫でたくなるのを小さく抑え伸びを一つした。
「お前、腹減ってるか。」
頭一つ分低い視点へ声を落とすと、すいと顔をこちらに上げて少し考える素振りを見せてから、分からないと答えた。
分からない、ロボットだからかなのかもしれない。その可能性もあることは考えていなかった。
「あ、」
「何だか悶々としているね風丸君。」
不思議そうにこちらを覗き込むアフロディには申し訳なかったが俺はとても駄目なことをしてしまったんじゃないかと焦っていた。目の前の相手の肩に両手を置いてじっと目を合わせ、今は重々しく感じる口を開く。
「アフロディ…どこか身体の中でおかしなところはないか?」
「いや、寧ろ君がどうかしたのかい?」
俺の質問へ質問で返してきたからには少し面を食らってしまった。そんなに俺は可笑しかったのだろうか。
「さっき紅茶飲んでいただろう。」
「うん。」
「その、故障とかだな、」
「…ああ。」
その、「ああ」がこちらにとっては予想が現実になってしまったのではないかともう気が気でないのだ。
「す、」
すまないと再び口を開く前にアフロディはきっぱりと目の前で「平気さ」と答えて見せた。
はああ、と安堵のため息をつく俺がアフロディからは気の抜けるものだったのかもしれない。じゃなきゃ、やれやれという表情は浮かべられないものだ。
「でもよかった、食べられないわけじゃないんだな。」
よかったよかったと安心する俺はさっそくという様子が当てはまるように腕捲りをし手を洗い始める。最近は水がとても冷たく感じるせいかさっさと洗う行動が早くなる、まあ分からないが良いことだ。
気付くと、立ったままのアフロディが今さっきの位置と代わらずにいる。押したら簡単に倒れてしまいそうで、少し心配だった。
「座ってていいんだぞ。」
「…そう、この身体は食べなくても平気なのさ。」
きっと俺の言葉は聞こえていなかったのだろう、口元に手を宛て悩むような考えるようなポーズでそう言った。
そうなのか、とこちらが返したのは初耳だったからだ。どうしても説明書頼りになってしまいがちな俺はすぐさま先ほど目を通した記憶を頭の中で走らせるが、その記述はなかった、気がする。
もしかしたら、と少しだけ戻り再び巡らせて思い出す。最後のページに何かがあったような、そんなような。
しかし疑問は晴れたのだから大丈夫だと俺の心情は比較的に明るいものだった。
「お前が嫌じゃなければ一緒に食おうぜ。な、一人より他にいると楽しいだろ?」濡れた手をタオルで拭い、先ほどは伸ばしかけた手を今度はぽんと乗せる。少し、不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。
それから、顔を上げて。
「風丸君の手、大きいね。」
アフロディが笑った。
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