嫌だショウさん、つれないわねぇ。
 そう笑うのは厚い化粧の飲み屋のママだった。いかついスーツ男を肩肘で小突く。
 スーツ男こと、ショウはこの界隈では有名なヤクザの武道派で、今時硬派な男だった。ショウさん、今じゃITヤクザなんてのが流行りなんすよ、と嘲笑う仲間の鼻柱を折ることも彼にはあった。そういうなよなよした男は好きではなかった。薦められてパソコンも使ってはみたものの全てショウの拳の餌食となってしまった。よく言えば一途で頑な、わるく言えば馬鹿で頑固。そんな珍しい頭の固い男だが、何故か不思議と女にモテた。こういう古風な男は女も物珍しくつい寄ってしまうのかもしれない。ショウのような馬鹿な人情派は一晩寝るくらいが丁度良いのだ。長く付き合うには、ネチネチはしていないが、少し熱すぎる。
「悪ィが人を待たせてるんだ」
「こ・れ?」ママが小指を立てた。「まあ……そんなトコだ」はしゃぐママにショウは言葉を濁す。
 ショウは飲み屋を去ってゆく。その後ろ姿にママはいつだってドキドキする。大柄で、背中は広いがゴツくはない。着痩せするタイプなのだろう、うまく逞しい筋肉が隠されている。
 ショウは夜もけたましい街を闊歩する。どんな千鳥足の酔っぱらいだろうと、ショウを一瞥すれば忽ち道を開けた。誇示した力が目に見えてわかるこの瞬間がョウには快感だった。
 堂々と歩くショウに、小さな影が立ちはだかった。一瞬、ショウの額に青筋が立ったが、その姿を認めるとひとつ溜め息を吐いた。
「なんだお前か」
 ダボダボのジャージ、短いプリッツのスカートから伸びる生白い足。
 いかつい男には似合わぬ少女は開口一番ショウに文句を言う。
「あんたがのろまなお陰であたし危うくおっさんに買われそうになったのよ」
「悪かったな」
 いかつい男と少女という、怪しげな二人に、すれ違う人たちは興味深げに、しかし恐る恐る一瞥する。ショウはこの視線が不愉快で、額に青筋を立てる。
「あったかいもの食べたい」
「……ラーメンでも食うか」
「賛成」
 大股で街を歩く男と、それに寄り添い歩く少女に犯罪性を見出だせなくはないが、そのことに関して口を出せる人間は少なくともこの場にはいない。なんせあの馬鹿で頑固なショウさんのことだもの、骨が何本折れるかわかりゃしない。
「もっとゆっくり歩いてよ」
「おぶってやろうか」
「嫌よ汚い」
 少女が口を開く度、すれ違う人たちは内心どきどきする。そんなこと言って、あの男は怒ったりしないだろうか。だがショウは怒らない。女に対して手はあげない主義というのもあるが、こと少女に対して非常に繊細(一見乱暴に見えるが)な扱いをしている。
「クソガキ」
 チッと舌打ちをしつつ、歩調を少女に合わせる。ショウを慕う厚化粧の女たちがこの光景を見たら、なんと言うだろうか。きっとハンカチを噛んで地団駄を踏むに違いない。そうして一頻り嫉妬心を抱いた後はまた他の男にうンデーションを塗りたくりいかに自分を美しく見せるか躍起になるだろう。女とはそういう生き物なのだから。

「今から行く所はそうとううまいぞ」
「獣の舌はいまいち信用ならない」
「うまくてションベン漏らすぞ」
「セクハラ」
 ショウは少女を慈しみ、尊んでいる。少女もショウに恋心を寄せている。互いそれを口には出さない。出したところで、それが一体何になる。少女はショウが好きだし、ショウも少女を愛していた。けれど獣と女が相容れぬことを互いは知っている。獣は獣道を歩かねばならず、女は人の道を歩かねばならなかった。獣は修羅の道を選んだ。いつ死ぬかもわからぬ。狭い檻に入れられる日が来るやもしれぬ。そんな男が女を守り幸せの道を歩かせてやれる保証なんてないに等しかった。ショウはいずれ少女の元から去る気でいる。少女はそれに気付いている。けれど何も言うつもりはなかった。獣道に着いていく気はあるが、硬派なショウはそれを許さないだろう。
 二人の間には何もない。男女の特別な関係ではない。触れたことすらない。だが二人は互いを愛している。ただ、それだけだった。



2012年06月20日作成
2012年07月17日修正
別に龍が如くをイメージした訳ではない。強いて言うなら「レオン」。
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何故かバグってところどころ文章がいきなり切れてしまい放置していたのを今さらながら修正。




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