再死




暗い部屋の中。
彼はベッドに横になり、私に背を向ける状態で丸まっていた。
私はそこへゆっくりと近付いていく。私の気配に気づいたのかもぞり、と身体を動かしてくるりとこちらに身体ごと向けた。
虚ろながらも瞳は私の姿を捉える。

「……名無し、さん?」

細い声で名前を呼ばれて私は静かに頷いた。
本当に不謹慎かもしれないが私は久しぶりに見たヒロト君に少々興奮していた。彼は今までにないくらいに弱っていて、虚ろな眼に細い声。嗚呼、ヒロト君はやっぱりどんな姿になってもキレイなんだ!見に来た価値はあったなと私の気分は上々だった。

「プリント届けに来たんだよ。ドア越しに言ったんだけど、聞こえなかった?」
「…曖昧に」

「そう」

会話が切れる。ヒロト君は割りと普通に喋れている。勝手に想像して心が死んだなーと思っていた私は、もっと会話ができない状態を想像していた。(例えば、音をシャットアウトしてるとか奇声を発するとかね)彼がこうして喋れてるということは、つまり彼は死にきれなかったということだ。(私の勝手な考えね)
死にたがりの癖に生きているとはどういうことなんだ。私はまたまた、勝手ながらだんだんと苛立ってきた。それは、心が死んだヒロト君の表情が見たかったとかいう理不尽な怒りだったり、死にたがってたくせに今更生にしがみつくなんてどういうことだ。とかも含まれていたが、根本的なとこは私にもわからなかった。ただ無性に苛立ったのだ。例えそれが自己中心的な怒りでも言わずにはいられなかった。

「…なんで生きてるの?」

ヒロト君は驚いたように私を見る。

「聞こえなかった?なんで生きてるのって聞いたんだけど」

これ、端から見たら私が喧嘩吹っ掛けてるようにしか見えないよね。あと苛めてるみたいだ。

「名無しさんには、関係ないことでしょ。…帰ってよ」
ヒロト君は目を逸らし私に帰るように促す。

「またそうやって逃げるの?確かに私には関係ないよ。だってヒロト君は他人だもん。死のうが生きていようが関係ない」

「ッ、じゃあ、なんでこんなこと聞くんだよ。もう、ほっといてよ、」

一人にしてよ…。

彼は消えるような声でそう言った。

「じゃあ、死ねばよかったじゃん。死んだら一人だよ。誰もいない、自分の望むことが実現するよ」
「なんでヒロト君はそれをしないの?わかってるんでしょ、ずっと気づいてたんでしょ。でも認めたくないから実行したんでしょ。ねぇ、認めなよ、答は今のヒロト君自身だよ」

ヒロト君は静かに涙を流した。その表情にドクリ、と胸が波打つ。死にきれない死にたがりの滑稽で憐れな姿は醜いながらもどこか私の胸に高揚感を与える何かが存在していた。
そうだ、彼はこの世界に見切りをつけて死のうとしたのだ。けれども死ねなかった。彼はこの世界を嫌い、逃げたかった筈なのに捨てきれなかったんだ。私はたぶんそのどこか人間臭さがある彼の行動に勝手に苛立ったのだ。私の中の彼は人ではなくモノだったから。だから、生にしがみつき嫌いだと憎んでいるこの世界に愛着にも似た感情を見せた彼を許せなかった。
見に来ただけだったのに、とんでもないことをしてしまった。まあ、いいさ。どうせ彼と会うのはこれが最後だろう。なぜなら彼はこの自分の世界から出ることができなくなっているのだから。もし、会ったとしても彼と私ではもともと住む世界が違うのだ。
片や皆の王子様でガラスハートなヒロト君。一方私はちょっと変な一般人。私は先生からの視察という使命さえなければ彼と話すことなどけっしてないのだ。

「…でしゃばりすぎた。さよなら」

私は身を反し帰ろうとした。一応少しの謝罪と最後の挨拶を残して。

「っま、待って!!」

歩を止め、立ち止まる。
あ、反射的に止まっちゃった。私ってば何してんの。
「名無しさん、その…、」

なに、言い返す気にでもなったの?あー、なんか嫌な予感がする。

「また、来てくれる?」

思わず振り返ってしまった。
え、なに?どうやったらそういう答に辿り着くの。
しかもさっきより少し表情に生気が戻ってるし。

黙っている私を見てあからさまに視線を落とし目を伏せるヒロト君。

「…やっぱり、迷惑だよね。ごめん、」

あ、また生気消えかけてる。たしかに迷惑っていえば迷惑だけど、これはこれでおいしい。また弱っている彼を見れるのだ。私にとってこれ程魅力的な誘いはないだろう。目の前の欲望には誰しも勝てないのです。私は甘い花蜜に理性を絡めとられた。

「いいよ」

「え、」

「じゃあ、また明日ね。ヒロト君」

「…うん」



死にたい死にたいと喚くその口を鼻ごと閉ざして壱百を数へれば天国に逝けるのにどうして君はそうしないんだい?



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