私とヒロト君は特別親しいわけじゃない。挨拶くらいはするけれどその程度。 人気があって優しくてかっこよくて、頭も良くて運動もできる。そんなかっこいいの代名詞のようなヒロト君。 一方私は地味だし頭も良くない。運動は人並み。顔だってすこぶる美人でもないし可愛くない。あと胸もないし、性格も悪い。そんな平均ちょい下を生きている私がなぜヒロト君の話をするのかというと最近みんなの"アイドル"であるヒロト君が学校に来なくなったからだ。前々からちょっと休んだりとしていたが今週、彼はとうとう一回も来なかった。
「ヒロト君大丈夫かなー?」 「心配だよねー」
いつもヒロト君ヒロト君と金魚のフンのようにまとわりついているヒロト君信者達は彼に向けて心配の言葉を吐いた。
心配なんて無駄なことだ。この能天気な少女達はなにもわかっちゃいないのだ。 これだけを聞くと私がとても冷たい人みたいに見えるので補足しておく。 私はわかっていたのだ、彼が休むことを。否、気づいてしまっていた。そういう予兆があったことに。
私は、ヒロト君信者ではなかった。普通に"こんな素敵な人もいるんだ"ぐらいだった。存在として憧れはしていたがヒロト君信者のように容姿のみに惹かれているわけでもなければ、恋をしているわけでもなかったのだ。私が彼を見る瞳は芸術鑑賞に等しかった。だからそっと目のみで楽しんだ。生活するなかでの癒しとして。 そうやってたまに見るなかで彼の何かに気がついた。それは時折、明るい雑踏のなかで今にも膨張して割れそうなくらい不安定なものだった。彼は周りと笑いあうなかでふと、顔を暗くするのだ。それはとても分かりにくくて、何故私が気づけたのかは不明だった。彼はたまに焦点が定かではなくなり、痛いほどに虚空を見つめていた。そんな彼に私はどこかで『この人はダメだ』と思った。
そんなこっそり楽しむ日々を送るある日、私はヒロト君の今にも崩れそうな瞳を見て感じたのだ。死の臭いを。それは肉体の死なのか、心の死なのか解らなかったがたしかに感じたのだ。その時悟った。彼はきっと、この空間には還ってこないと。
翌日、私の思っていた通り彼は来なかった。次の日も、また次の日も、その次も…。こうして一週間があっという間に過ぎていった。先生からの急な知らせがないということはきっと彼は心が死んだんだろう。肉体の死よりつらい心の死を彼は選んだようだ。 体が死ななくて良かった。生きていればまた彼を鑑賞できる。なんて、考えた私はかなり最低なやつだ。あ、でも引きこもられたら鑑賞できないや。残念だなと思いながら私は彼を鑑賞していた時間を仕方なく黒板を写す時間へと宛てた。そんなちょっとした変化に慣れた頃、私は先生に呼ばれた。なんかしたっけ? なんて考えながら行ったら、お使いを頼まれた。その内容はヒロト君の家へプリントを届けろというものだった。ついでに様子を伺えとのことだ。むしろこっちがメインだ。知らなかったが、私と彼の家はけっこう近かった。帰りながら私は渡された地図を頼りに彼の家へ足を運んだ。インターホンにカメラが付いていて金持ちだと思った。インターホンを押して出るのを待っているとよく知る声が聞こえた。
「はい。あれ、名前じゃん。何してんの?」
「ん?その声は晴矢?」
「おう」
「アンタこそなんでいんのよ」
「俺とヒロトが部活仲間だから」
「あー、なるほど」
「今開けるからちょっと待ってろ」
「え、ちょ、晴矢?」
私の言葉も聞かず彼はインターホンを切った。ちなみになぜ私と晴矢が知り合いなのかというと家同士の仲が良く幼馴染みだからだ。ガチャリとドアが開き見知ったチューリップ頭が目に入る。
「ハイ、これプリント。渡しといてよ」
「いや、アイツ部屋から出てこねーし。取敢ず入れよ」
「ギャー」
無理矢理連行されてかれ私はヒロト君の家へとお邪魔した。
「まぁ、気楽にしろよ」
「お前は家主か」
部屋には必要最低限の物しかなく、キレイに片付いていた。
「なあ、おまえとヒロト一緒のクラスだろ。なんかあったのか?」
「なんにも。ヒロト君は不登校になるまでちゃんとアイドルしてたよ」
嘘は言ってない。現に彼はそのせいで溜め込んでいたものが一気に爆発し不登校になったのだから。
「つーか、おまえヒロトと仲良かったっけ?」
「いーや。挨拶し返す程度。今日は家が近いからって視察がてらプリントを届けてこいっていう先生のお使いです。…あとちょっと私情」
「は?」
「あ、うんなんでもない」
おっといけない。変な趣向を喋るところだった。セーフセーフ。
「そういや、晴矢はなんでいるの。視察と言う名のお使い?」
「まあな。うちの顧問が様子見てこいって」
「どこも似たようなもんだね」
「あぁ。此処来て呼鈴鳴らしても出ねぇから取敢ずドアを引っ張ったら開いてるしまじ吃驚した」
「んで、入ったと」
「一応アイツの部屋まで行って安否は確認したけど、やっぱ部屋には入れてくんなかった」
「そんなもんでしょ。じゃあ、私は用も済んだし帰るわ」
「あ、待てよ。ヒロトの部屋行ってこいよ」
「えー、だって無駄なんでしょ?」
「行くだけ行って確かめろよ。視察なんだろ」
「あ、忘れてた。仕方無い行くか」
私は場所を聞いて部屋に行くことにした。ついてきてくれてもいいのに晴矢は『煩くしてよけい引きこもったらどうすんだよ』と言ったので渋々一人で来た。まったく、なんだかんだでアイツは友達思いだからな。いい子ちゃんかくそ。私の性格の悪さが嫌でもわかるじゃないか。
さて、何を言おう。自己紹介でもしとくか?
「…ヒロト君、いる?私名無し名前なんだけど。プリントを届けに来たら晴矢が入れてくれて(無理矢理)あ、晴矢とは幼馴染みでね。えっと…、それだけです」
こういうの苦手だな。あーめんどい。早く帰りたい。私は帰ろうと思ったが先程晴矢が話していたことを思い出し同じことをしてみようなんて思ってしまった。つまり、返事がないので取敢ずドアを開けてみようということだ。せっかく家に来たのに姿を見ないで帰るとかつまんないしね。はい、飢えてるんです綺麗なモノに。まぁ、開いてないと思うけど試してみるのも悪くないだろう。私は思い切ってドアを開けた。 そしたら、ガチャリと開いたのだ。私は驚き一瞬立ち尽くしたが、ゆっくりと扉を開いた。中はカーテンが閉め切られて真っ暗だった。目が慣れるのにそう時間はとらなかった。
「入るよ」
一言そう言って、私は彼の世界へと足を踏入れた。
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