シャングリラで融け合う






※南雲は婚約者設定

身内死ネタなので気分を害される方もいるかもしれませんので注意してください。責任はとりませんので。






今日、私の母が死んだ。
急に死んだっていうわけじゃなくて前々からもう長くないってことはわかっていて覚悟していたんだけど。
朝、容態が悪化したと聞いて急いで病院に駆けつけたら酸素マスクをつけて母は意識がなく苦しそうにしていた。
一昨日来たときはまだ薄く黄色づいていた肌が今は怖いくらい黄色く体は浮腫みきっていた。
私は何も言えずただ呆然としていた。お医者さんが全力を尽くし延命処置をしてくれたがどうにもならないらしい。お医者さんの雰囲気を感じたのか父も私と同じように黙ってしまった。

お医者さんは父に延命処置を止める確認をし、父は静かにそれを承諾した。


それからあっという間に事は運んでいき、気がつけばお葬式でこのあと出棺するために火葬場に向かうことになっている。
母の最後の姿を目に焼き付けお別れの花を手向ける。周りの親戚や家族が涙を流すなか私はふしぎと涙が溢れてこなかった。




+++++





お葬式が終って一段落着いていると晴矢が缶ビールを二つ持ってきた。


「お疲れ。飲むだろ?」

「ありがと。ごめんね、晴矢もいろいろとしてもらって」

「気にすんな。おまえのお母さんなんだから、俺と関係あることだしして当然だろ」


そう、私達は婚約していて来月には結婚する予定だ。私達は家族になるのだ。


「もうすぐ結婚するのにね。娘の晴れ姿見ないで逝っちゃうなんてひどいや」

苦笑いしながら、プシュッと缶の蓋を開けぐいっと飲む。
晴矢も蓋を開け飲んだ。


「おばさん、じゃないか。お義母さん綺麗だったな」

「ふ、」

「笑うな。慣れてないんだよ」

「わかってるよ。…うん、すごく綺麗だった」

ぼんやりと母の最期を思い浮かべる。


「…ねぇ、晴矢。私変かな?」

「……。」

「お母さんが死んでからね、一回も泣いてないんだ…」

「なんでだろね?悲しい筈なのに、涙が出ないんだよ」


声が震える。それでも私の瞳からは滴が溢れることはない。


「わかってるんだよ、お母さんが死んじゃったこと。だって見てたもんっ、黄色くなって浮腫んでるの。死化粧されて綺麗にされてる顔も見たよ!!火葬場へだって行った。骨だって、ッ」

「名前、」


「見てたのにっ、わかってるのに、」

「名前」

晴矢は静かにそっと私を引寄せた。そして泣く子供をあやすように私の頭を撫でた。

気づけば、頬に涙がつたっていた。


「ふ、うっ、晴矢ぁ!」

私は晴矢にしがみつき泣いた。

「ッ、…」

晴矢も私の肩に顔を埋め静かに涙を溢していた。



散々泣いて泣いて私の目は真っ赤に腫れたことだろう。晴矢もうっすら赤身がさしていた。


「わかってる。わかってるのに、受け入れたくなかったんだよな」

「…うん、」

未だ向かい合い抱き寄せられたまま、私は晴矢の言葉を聞いていた。

そう、受け入れたくなかったのだ。だから私は泣かなかったし泣けなかった。
そうすることで母の死が確定されたような気がして私は涙を流せずにいた。
なんて子供染みた安直な考えだろうか。それでも私はそう思わなければ立ってすら居られなかったと思う。それほどまでに私にとって母の存在が大きかったのだ。


「ほんと馬鹿だよね私。もう大人なのにね」

「人が死んだんだ。ましてや、自分の肉親なら受け入れたくないのは当然だろ。あんまり自分を責めるなよ」

頭の上に置かれた手から温かさが伝わってくる。
私は守られているんだという安心感がうまれる。
そんななかでのある不安が生まれる。

「晴矢」

「なんだ名前?」

「私ね、今回のことで思ったんだ。お母さんが死んでこんなにぐらついてるのに、晴矢が死んだらどうなっちゃうんだろ?って」

「そう思ったら不安で、怖くて、っ」

またじわりと瞳に涙が滲む。

「っだー、もう!」

「わっ!?」

ぐいっと急に身体を離されて真正面から向かい合い瞳がかち合う。

「は、晴矢?」

どうしたの。その言葉は晴矢の言葉によって掻き消された。

「未来なんてまだわかんねぇだろーが!」

言われた言葉に一瞬思考がフリーズする。


そりゃ、確かにそうだけど。だって不安なものは不安なのだ。

「んなもん、俺だって名前が死んだらどうなっちまうかわかんねーし、不安に決まってんだろ!!」


言われてハッとした。確かにそうだ。不安なのは私だけじゃない。今日、血縁関係はないが身内ともいえる人が死んだのだ。不安にならないわけがない。

「ぁ、ごめん晴矢。ごめんっ」

自分ばかりで晴矢のことを考えてあげられなかったことにひどく反省した。

「俺は、名前が死ぬなって言うなら死なねぇ。独りにするなって言うなら絶対独りにしない。」

「だから、名前も俺を置いて死ぬな。独りにするな」

「ッ!!うん、」

そう言った晴矢の瞳は潤んでいた。

私達は互いを確めるように、離れないようにまた抱き合った。




+++++





母の死から二ヶ月後に私たちは式を挙げた。
母の死は大きな悲しみと不安をあたえたが、同時に大切なことに気づかせてくれた。


「ずっと一緒だからね、晴矢」

「ああ」

これから先、不安なことや悲しいこともいっぱいあるだろうけれど、そのぶんたくさんの幸せがあるだろう。私たちは家族になるのだ。太陽のように私を照らして、時に支えてあげなければならない彼との新しい未来が待っている。繋がれた手の温もりがどこかへ行かないようにきつく握った。

「名前向こうで写真撮るみたいだぞ」

「うん。行こうか晴矢」

集まる方へ向かう途中、横切った母の写真。

チラリと視線だけをやると写真のなかの母が笑った気がした。





さよなら、




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