人間というものは、さらりとごく自然に言われた悪口に対しては、意外と反応が鈍くなるものである。

現に少女を前にした朱里と小夜は、しばらくの間唖然と口を開けたまま、まともな反応も返せなかった。

「そもそも爺や、いつもの二人はどうしたのよ。月に一度の礼拝の護衛は、必ずあの二人に任せてたじゃない。なんで急にこんなのに変わっちゃってるわけ?」

少女は朱里と小夜には目もくれず、深々と向かいのソファに腰掛けると、側に控えていた執事に怪訝そうな顔を向けた。

「いえ、今回はあの方々からのご推薦で、このお二人に来て頂いたのですよ」

執事は決まりが悪そうに朱里たちのほうをちらちら見ながら、少女に返事をした。

「推薦?この二人を?あの人たち、見る目ないんじゃないの。私は愛玩用のお供じゃなくて、私をしっかり守ってくれる護衛のお供が欲しいのよ?」

凄まじいことをさらりと言ってのける少女。
対する執事の慌てようは、すごいものだ。

朱里は呆気に取られながらも、目の前で完全に自分たちを無視して繰り広げられる会話を耳にして訝しんだ。

「あの二人?」

思わず口に出して尋ねると、会話の途中で口を挟まれたのが気にいらないのか、少女はむっとした表情を浮かべた。

「ええそうよ。あの二人は、あの二人。それ以上でも以下でもないわ」

まるで謎かけでもするような答えに、朱里は思わず「は?」と聞き返したが、少女は紅茶をすすったまま返事をしない。

ようするに、朱里の質問には答える気がないらしいと分かったとき、とっさにフォローしたのが執事だった。

「師匠さんとジライさんのことですよ。いつもはあのお二方に護衛を依頼させて頂いていたのですが、どうも今回はお二人ともご都合が悪いようでして。それで、師匠さんにご紹介頂いたあなた方にお願いいたした所存です」

「師匠とジライが毎回護衛を?つうか今、あの二人が都合悪いって言ったか?」

朱里に続くように、小夜も不思議そうな顔で執事を見返した。

「あれ?お二人とも、先ほどのんびり宿へ戻られていたような…」

「だな」

同意しつつ、朱里は手を額に当てた。

…どうも、師匠に聞いていた話とはずいぶん違う。

師匠はただの一度も、自分たちが普段請け負っている仕事だとは話していなかった。

「…つまりは俺たち、まんまと騙された…?」

一人ごちた後で、朱里は前で悠々自適に紅茶を楽しんでいる少女を見て、師匠の思惑をなんとなく読めた気がした。

つまりはこういうことなのだろう。

師匠とジライはどういうわけか、毎月のようにこのお嬢様の礼拝の護衛をするのが常になっていた。

だが、守るべきお嬢様はこんな態度だ。
控えめさや大人しさなんてはなっから完全無視の自分第一、唯我独尊タイプ。

はっきり言って、嫌気がさしたに違いなかった。

(…だからって、なんで俺たちにこんな仕事回してきやがる)

ついついエアの魅力に見せられてここまで来てしまったが、騙されたとあっては大人しく護衛の仕事を受けるのも、師匠のいいように利用された気がして癪である。

朱里は大きく息を吐いて、依頼を断るための言葉を探した。

「あー、その」

悪いんだけど…と言いかけたところで、突然隣の小夜が体を前に乗り出した。

「でもっ、朱里さんは見かけは可愛らしいですが、本当はとてもすごい方なんですよ!護衛の仕事も完璧にこなされるはずです!」

いきなりの言葉にぽかんと目を丸くする少女に、小夜は自信満々にコクコクうなずいてみせた。

「…小夜…」

こいつは、ほんといつも余計なことを…。

心中で毒づいても、既に言ってしまった後ではどうしようもない。
朱里は肩を落としてため息をついた。

断るタイミングを逃したのは明らかだった。



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