ふかふかすぎて落ち着かないソファに浅く腰掛けながら、朱里は隣の小夜の横顔をそっと盗み見た。
小夜は物珍しそうに首を巡らせては、部屋の中の物を眺めているようだった。
「…お前さ」
執事の老爺がお茶の用意のため部屋を空けた隙を見計らって、小夜に声をかける。
「はい?」
「お前なんか今回、妙に張り切ってねぇ?」
「えっ、そうですか?私は普通にしているつもりだったのですが…。もしかして、うるさかったですか?」
そう言って思わず口を手でふさぐ小夜。
あどけない仕草に小さな笑みをこぼしつつも、朱里は首を振る。
「いや、そうじゃなくてさ。なんつーか、やる気満々つうか…」
「朱里さん!私はいつもやる気満々ですよっ!」
「…あー、まぁそれはそうなんだろうけど」
そういうのともちょっと違うんだよな、と言いかけたところに、ちょうど執事が戻ってきたため、その話はそこで中断となった。
結局、小夜が普段以上の意欲に満ちている理由は、朱里には分からず仕舞いだった。
「すみません、まだお戻りになられていないようで」
一個幾らするのか見当もつかないくらい高価そうなティーカップに、湯気の立つアールグレイを注ぎ淹れながら、執事が申し訳なさそうに謝罪した。
いや、と曖昧に首を振りながら、朱里がふと気になっていたことを尋ねる。
「今回の仕事はエアまでの護衛って聞いてんだけど、帰りの護衛は必要ないのか?」
「ああ、それでしたら問題ございません。一足先にお嬢様のお父上、つまりご主人様がエアに礼拝に向かっておりますので、帰りの際は毎回ご主人様とご一緒されるのですよ」
テーブル上に置かれた焼き菓子に嬉しそうな顔を向ける小夜に、執事は「どうぞご遠慮せず」と微笑んで、紅茶も勧める。
「父親?ああ、それが依頼主だな。でも父親も同じところに礼拝に行くなら、こんな面倒なことせずに娘も一緒に連れてけばいいじゃねぇか。なんでわざわざ行きは別々にするんだよ」
不思議そうに眉を寄せる朱里に、もっともなことです、とうなずきながら執事が返事をする。
「ですが、どうもお嬢様にはお嬢様なりのこだわりがあるようでして。ご主人様はもちろん馬車で目的地へ向かわれるのですが、お嬢様は毎回、徒歩で行くと申されまして」
「徒歩?わざわざ?」
「はい。礼拝は、祈るだけじゃない、そこまで自分の足で歩いて行くのに意味があるんだ、と言うことだそうです」
朱里は腕を組んで考える。
芸術品の扱いは最悪で粗暴なお嬢様かと思いきや、妙に信心深いところもあるようだ。
いまいち、その人間性が掴みきれない。
(一体どんなお嬢様なんだよ…)
首をかしげる朱里の隣では、至福の表情を顔いっぱいに浮かべて、小夜が焼き菓子をもぐもぐ口に運んでいた。
紅茶で喉を潤し、改めてもう一つ焼き菓子に手を伸ばそう、としたところで、盛大な音を立てて客間の大扉が勢いよく開け放たれた。
驚く朱里と小夜の前につかつかと歩いてきたのは、一人の少女。
肩の少し下まで伸ばした、ふわりと揺れるウェーブがかかった見事なブロンドの髪。
その豊かな髪の毛の下の顔は、目鼻立ちのはっきりした華やかな色白美人だった。
勝気そうなやや上がり気味の大きな瑠璃色の瞳に、すっと線の通った細めの鼻梁、わずかに薄い唇は意志の強さを感じさせるように、すっと閉じられている。
朱里が見たところ、自分よりやや年上の印象を受けた。
少女は自分を見つめる朱里と小夜の顔を見下ろすと、
「驚いた。さっき見たときまさかとは思ったけど、やっぱりこの二人だったのね」
訳の分からないことを口にする。
そのまま少女は腰に手を当て、綺麗なブロンドの髪の毛を手で無造作に払って言い放った。
「とんだガキとお嬢ちゃんじゃない。こんなのに私の護衛が務まるの?」
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