「でもな、繁栄ってのは永いこと続かねぇのが世の常だ。エアの街にもむろん例外はない。全盛期の後は、衰退を辿るのみ。エアの場合は、教祖の死がきっかけだった。偉大な教祖の死後、残されたのは"道理と平等"を唱える、言っちまえば平凡すぎる何の魅力もない宗派だけになった」

「…それと、莫大な財産の山もね」

ジライのぽつりと呟かれた言葉に、師匠は首だけ縦に動かして同意すると、再び口を開く。

「その宗派も教祖がいなくなったせいで、事実上指導者不在によりろくな活動がなくなった。自分の昇進目的でエアに通っていたやましい政治家連中は、二度とその街の土を踏みしめることもしなかった。結局エアはそれを境に、世俗に忘れ去られる忘却の地になったんだ」

それを聞いて、小夜の口が「忘却…」と小さく動かされた。

瞳は悲しげな色を浮かべて師匠を見ていたが、どこかもっとずっと遠くを見ているようにも感じられた。

忘却の地と聞いて小夜が真っ先に思い浮かべたのは、自分の故郷だったのだ。

「…でもそれでしたら、どうして今回その街へ行くことになるのでしょう。ご依頼人の方は、何をしに向かわれるのですか?」

「世の中には珍しい奴もいるってことだよ。今回の依頼人は、この宗派の純粋な信者でな。まぁつまりは、礼拝に行きたいってわけだ」

「礼拝に…」

具体的に礼拝が何を行うことなのか分からなかったが、小夜は理解したというようにうなずいてみせた。

ようするに今回の仕事は、その宗教の地エアへ礼拝におもむく依頼人を道中護衛するという内容なのだろう。

そこにすかさず朱里が口を挟んだ。

「おい師匠、肝心なこと話してねぇじゃねえかよ」

「ん?」

自分の役目は終わったとばかりに、側を歩いていた店の売り子にのん気にも、酒を頼もうとしていた師匠を一瞥すると、朱里は小夜のほうに向き直った。

「エアの街はな、忘れ去られた場所ではあるが、今きいたとおり教祖の残した宝物の類がざっくざくだ。もちろんそれを放置しとく国じゃないだろ。宝と言ったって元々は政治家の所有物なわけだし、そんなお宝尽くしの街を野放しにしとけば、間違いなく野党の類が集まってくる」

「僕たちみたいなのもね…」

さりげに言葉を付け加えるジライを無視して、朱里は目を丸くさせる小夜の前で人差し指を立ててみせた。

「とどのつまり、宝を盗み出されないよう、街全体が完全な封鎖区域に指定されてるってことだ」

「えっ、それでは…」

「もちろん俺たちも街には一切入れない。通常、だったらな」

目を光らせて不適に笑うと、朱里は立ち上がって師匠のほうに涼やかな顔を向けた。


「その仕事、引き受けさせてもらうよ。依頼人の家はどこだ?」


****



穏やかに雲が流れゆく青空の下、ぽかんと口を開ける朱里と小夜の前には、大きな屋敷が建っていた。

「す、すげぇ…」

呟く朱里に、隣の小夜も唖然とした表情でこくんと頷いてみせる。

二人の眼中は、今やピンク一色に染まっていた。
前に荘厳と建っているのは、目が痛くなるほど我の強いピンクで壁一面塗りたくられた立派な巨大屋敷。

実際二人の目は先ほどから、そのあまりの派手な外見に、軽く痺れをきたしていた。

それなのにその屋敷は、なぜかじっと見つめずにはいられないほど人を惹き付ける…

とは言っても、決していい意味ではなかったが。

呆然と屋敷を見上げる二人の後ろを、通りかかった街の住人二人が「ほんと趣味悪いわよねぇ」と含み笑いで去っていった。



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