話の終了を示すように立ち上がった朱里を、師匠が慌てて押さえ込む。

「まぁ待て待て!人の話は最後まで聞けよ。ここからがこの仕事の重要なポイントなんだから」

「ちょっ…頭押さえんな!分かったからっ!聞くから、力尽くで押さえ込もうとすんのやめろ!痛い!」

笑顔で朱里の頭を掴んで椅子に押し戻そうとする師匠の目は、決して笑っていなかった。
妙に真剣、というか鬼気迫るものがある。

朱里の隣でそれを目の当たりにした小夜は、口を挟むこともできず朱里の無事を見守っているのだった。



しばし後、ようやく落ち着いてから。

「…あのなぁ、何も護衛ってだけなら、お前らに話回さずに俺たちで引き受けるさ。俺もプライドってやつはあるが、どこかの誰かさんみたいに小っちぇえプライドじゃねぇからな。護衛くらいいくらでも引き受けてやる。だがな、今回は特別なんだよ」

「何がだよ」

"小ちぇえプライド"の箇所で多少眉間に筋が浮いたものの、何とか理性を保ちながら朱里は尋ねた。
しかしその体からは、押さえ切れない苛立ちがピリピリ発散されている。

そんな様子には微塵も気付くことなく、師匠はいささか興奮がちに机から身を乗り出した。

「聞いて驚け!今回の護衛の目的地は、なんとあのエアだ!」

「えあ?」

聞いたこともない単語に首をかしげる小夜。

その横で息を呑んだのは朱里である。

「…え、エア!?エアってあのエアか!?」

興奮も露わに立ち上がったせいで、勢い余って椅子が倒れてしまったが、それすら気付かないように、朱里は机越しの師匠に体を乗り出した。

驚き顔で小夜は「あのエア」がどのエアなのか考え込んでいる。


「…まぁまぁ朱里、とりあえず席について。師匠は小夜ちゃんにも分かるように説明してあげないとね…」

一人だけ椅子に深く腰かけたジライが、ゆっくりした調子でその場をまとめた。
あくまで彼は説明側でなく、傍観側に徹するようだ。

「あ、ああ悪ぃ。つい」

我に返った朱里が、椅子を起こして腰を落ち着ける。

「そうだな、小夜ちゃんはエアを知らないみてえだし、詳しく説明しとくか」

「すみません、わざわざ」

申し訳なさそうに頭を下げる小夜の横で、椅子を揺らしながら朱里が無邪気な笑顔を向けた。

「気にすんなって。いい機会だし、しっかり聞いとけよ。エアは俺たちトレジャーハンターにとっては聖地みたいなもんだからな」

普段あまり無防備な表情を見せる彼ではないのだが、どうやらよほど気持ちが昂ぶっているらしい。

それに頷くと、小夜は気を引き締めるように背筋を伸ばして師匠を正面から見た。

「ではっよろしくお願いします!」

重々しくうなずいて、師匠が口を開いた。


「エアっていうのはな、もともとこの国が何百年も前に、廃れていた宗教を活性化させるって目的で作った巡礼の街なんだよ。確か"道理と平等"の志を掲げた宗教だったな。そこにわざわざ国王が、国の動きに影響を与えるほど当時偉大だった傑物を教祖として置くと、信者は礼拝の度にその教祖への貢ぎ物を持参した。もっとも、信者の大半はやましい考えを持った国の政治関係者だったから、教祖への貢ぎ物は賄賂の意味を示していた。政治面にも深く関わる教祖に気に入られれば、もしかしたら自分の政治的位置も有利に動くかもしれない。下心満々なわけだ。もちろん聡い教祖にも、単純思考な奴らの考えは手に取るように見え見えだったから、政治情勢がどうこう変わるわけでもなかった。ただ教祖の周りに、宝の類が溜まっていくだけだ。結局、"道理を重んじ平等を愛す"を歌い文句にしたエアの街は、皮肉にも政治家の底意の詰まった貢ぎ物のおかげで、宗派の復活だけでなく、目を見張るほどの発展を遂げることに成功したのさ」

一度も詰まることなくここまで語り続けた師匠は、一旦グラスを口に運んで、渇いた喉を湿らせた。

ふうと息を吐くと改めて、前で神妙な顔を向ける小夜に目をやる。



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