木の扉を開くと、そこには一面の銀世界が広がっていた。
「おおっ、すげえ」
朝を迎えた山は、昨日の吹雪が嘘のように穏やかな空気に包まれていた。
上から射す陽射しに、積もった雪がキラキラ反射して、光の粒を作っている。
扉を開けた格好のまま朱里が雪景色に見入っていると、その脇から小夜が外へ躍り出た。
「わぁわぁわぁ!すごいですっ、木も地面も全部真っ白ですよ!」
雪の上でスカートを揺らしながら、くるくる回る。
そのあまりのはしゃぎっぷりに朱里が注意を促そうとするが、早くも小夜は新雪の布団に足を滑らせて倒れ込んでいた。
「…お前はいつもいつも」
駆け寄った朱里に、仰向けで倒れている小夜がえへへ、と笑顔を向ける。
「それより朱里さん、この雪すっごくふかふかですよ!」
「そりゃ、まだ誰も踏み固めてない新雪だからな」
無邪気に喜ぶ小夜に苦笑しながら、その腕を掴んで引っ張り起こした。
するとまた、懲りもせず小夜は雪景色の中を走り出す。
「お前は犬か」
ツッコミを入れて、仕方なく朱里も歩いて後を追った。
どうやらこの山小屋の付近は、小高い丘の上にあるらしい。
その丘の端から下界をのぞき込んでいる小夜の後ろ姿が、前方に見えた。
「朱里さん朱里さんっ、すごいですよ!」
小夜は、犬であったなら千切れんばかりに尻尾を振るところを、代わりに手をブンブン振って朱里の名を呼んだ。
やれやれと、半ば飼い主気分で朱里はそちらに向かう。
「なんだ、どうした?」
「あれっ、あれ見てくださいっ!」
隣で小夜が指差す下界に顔を向ける。
すると、そこには──
「まじかよ…」
山に囲まれるようにして、小さな町が全容を露わにしていた。
そこは朱里たちが目指していた目的地、ムーラン。
「…こんな近くまで来てたのか」
(俺たちは町のすぐ側で、遭難してたわけだ)
軽い虚しさを覚えながらも、朱里は隣ではしゃぐ小夜の横顔に笑みを浮かべて、軽く首を振った。
(まぁ、いいか。聖夜ってやつを過ごせたんだしな)
「朱里さんっ、早く町におりましょう!」
「はいはい」
朱里と小夜は並んで丘を下り始める。
そこで突然、思い出したかのように朱里が顔を上げた。
「あ、そうだ。小夜」
「はい?」
笑顔で朱里を見上げる小夜。
朱里はしばし考える仕草をした後、
「メリークリスマス」
昨夜小夜に教えてもらった、覚えたての言葉を使ってみる。
一瞬小夜が目を丸くしたが、すぐにそれも笑顔に変わった。
「はいっ、メリークリスマスです!」
嬉しそうに答える小夜に、朱里は左手を差し出した。
小夜は首をかしげたまま、自分の前に出された手を見つめるばかりだ。
「ほら、手ぇ出せ。昨日お前が言ってたんだろ。今日はクリスマスってやつだから、特別にお前の願い叶えてやる。ほら」
無造作に小夜の手を掴むと、朱里はそのまま顔を前に戻して大股で歩きだした。
驚いて朱里の後ろ頭を見上げる小夜。
わずかにその耳たぶが赤くなっているのは、気のせいだろうか。
「…っクリスマスって、本当に素敵ですっ」
そう言って、こぼれるような笑顔を浮かべた小夜の頬もまた、見事な紅色に染まっているのだった。
二人の前方には、足を踏み入れたことのない新しい町。
「聖夜はもう過ぎちまったけど、とりあえず町に下りたら、饅頭とケーキ買いに行くか」
のんびり空を見上げる朱里に、小夜も答える。
「はいっ。お酒も買わなくちゃですしね!」
「あ…いや、それは…」
しっかり繋がれた手と手は、朝日を受けて背後の雪に影を落としていた。
そこには二人の軌跡を辿るように、白い足跡も残されている。
世界は聖なる一日の始まりにふさわしく、純白の光に彩られた朝を迎えたのだった。
トレハンX'mas企画
聖夜の贈り物 -完-
06.12.25 幸
聖夜の贈り物 -完-
06.12.25 幸