暖炉のほうに顔を戻すと、暖かい熱が頬に当たって、なんとも言えない心地よさに包まれるのが分かった。
小夜が隣で悩んでいる間に、まぶたが重くなってくる。
(やべ、ねむてー…)
組んだ足に顎を乗せてそっと目を閉じてみた。
すると前で燃える木の音とともに、小夜の柔らかい声が響いた。
「それでしたら、やっぱり美味しい物がいいですね。お饅頭とかケーキとか、たくさん食べられたら幸せですっ」
「…饅頭かー」
半ば生返事の朱里に気を悪くすることもなく、小夜は逆に質問を投げかけてきた。
「朱里さんは、何のプレゼントが一番欲しいですか?」
夢と現実の狭間で揺れている朱里には、小夜の声が天から降り注ぐようにすら感じられる。
(一番…欲しい、物…)
頭に浮かんだただ一つの答えを、無意識のうちに口が伝えようとする。
「俺が欲しいのは………さ」
言いかけて、はたと止まる。
(…待てよ、今俺何言おうとした…?)
「さ…何ですか?」
首をかしげる小夜に、一気に眠気も覚めた朱里が答えた。
「い、いや、何でもねぇ…!さっ…あれだよ!酒が飲みたいってことだ…!」
「お酒?朱里さんお好きなんですか?」
「ああ、もう大好きだ!そりゃもう水のように飲むからなっ」
異常な早口でまくし立てる朱里を、小夜は不思議そうに眺めている。
それもそうだ、小夜は一度だって朱里が酒を口にしているところを見たことがないのだから。
朱里はひとしきり自分がどれだけ酒豪かをアピールすると、最後に再確認するように、
「つまり、俺が欲しいのは酒だよ、酒」
なぜか引きつった笑いを小夜に向けたのだった。
すっかり窓の外も闇に包まれた頃。
小夜の隣で膝に頭を預けたまま、朱里は小さな寝息を立てて眠っていた。
話が途切れたと思ったら、いつの間にか目を閉じていたのだ。
「…今日はお疲れ様でした」
眠る朱里に小夜は声をかける。
もちろん返事はないが、それでも構わないらしく、さらに言葉を続ける。
「朱里さん、ちょうど今が聖夜ですよ。遠くの国ではきっと皆楽しくお祝いしてるんでしょうね」
その光景が頭に浮かんだのか、小夜がふふっと微笑んでいると、隣で小さなくしゃみが聞こえた。
眠りながら朱里がしたものらしい。
小夜は朱里にぴたりと体を寄せた。
自分にかかっていた毛布を、朱里のほうまで伸ばしてかけてやる。
一枚の毛布に二人がすっぽりくるまる中、小夜は朱里の肩に頭を寄せた。
「…知ってますか、朱里さん。聖夜って、ケーキを食べたりプレゼント交換をしたりするだけじゃないんですよ」
ささやく声音はひどく優しい。
「今夜は、恋人たちのための聖夜でもあるんです。聖なる夜に、ただ一人の大切な人へ自分の気持ちを伝える…これも聖夜の習わしなんですって」
すぐ側にあるあどけない寝顔を見上げて、小夜は微笑んだ。
「――大好きです…。誰よりも朱里さんが一番、好き…」
朱里に聞こえていないにも関わらず、小夜はほてった顔を恥ずかしそうにうつむけた。
(本当は、朱里さんの気持ちもお聞きしたかったですが…でも)
暖炉の火と自分の隣にある温もりに、小夜はそっと目を閉じる。
「…側にいてくれるって言って下さっただけで、十分幸せですから…」
"俺、お前の横にいるし"
先ほど当然のように朱里が答えたとき、小夜は込み上げる嬉しさでいっぱいだった。
もし、吹雪に遭ってこの小屋に来ることがなければ、きっと聞けなかった言葉。
(もしかしたらこの突然の吹雪も、神様のされたことなのかもしれないですね)
隣に朱里の温もりを感じながら、小夜は口の中だけで小さくささやいた。
神様…。
こんなに素敵なプレゼントを、ありがとうございます。