火をおこすと、一気に室内の気温が上昇するのが分かった。
空間が狭い分、暖まるのも早いのだろう。
狭所の特典を見つけて満足げに朱里が暖炉の前に腰を下ろすと、小夜も毛布を抱いて隣に座り込んだ。
「朱里さん、これお使いになってください。暖まりますよ」
寒さで鼻の頭と頬を赤くして、小夜が微笑む。
それにため息をついて、朱里は差し出された毛布を、逆に小夜の頭にかぶせてやった。
「ふわっ!?」
驚きの声を上げて、小夜が毛布から顔を出す。
「えっ、あの、これ朱里さんが…」
「お前がかぶってろよ。顔真っ赤になってるし」
思わず両手で頬を押さえる小夜から、朱里は暖炉の火に視線を戻した。
改めてチラと隣を見やると、小夜はなんとも言えず嬉しそうに口許を緩めていた。
「あったかいです…」
暖炉の火で橙色に染まった小夜の、溶けそうなくらい柔らかい横顔から、慌てて朱里は目線を逸らす。
「そりゃどうも」
暖炉にくべた木がパチパチ音を立てて燃える中、しばしの沈黙が二人の間におりた。
机を挟んだ背後にある小さな二重窓の向こうは、あいかわらず吹雪が続いているようだ。
時折激しい風が窓ガラスを叩き、その度小夜が不安そうな顔で後ろを振り返る。
「まさか、こんな天候になるなんて思いもしなかったな」
小夜の気を紛らわせるように、あるとき朱里が口を開いた。
小夜に向けられたその横顔は、じっと暖炉の中で燃え上がる炎を見つめている。
沈黙から解放されて、小夜も安心したようにこくりと頷いた。
「はい。山に入ったときはお日様も出ていて、あんなに晴れていましたのに、不思議ですね」
「山はやっぱ天気が気まぐれで怖いな。目的地に行くにはここ通んなきゃいけねえから、仕方ねぇのは仕方ねえが…。いやでも、さっきはほんとに遭難しかけたからな」
苦笑する朱里だが、内心は笑うどころの話ではない。
視界を雪に覆われて、方向感覚を完全に失った彼らの行き着く先は、ひょっとしたら天国だったかもしれないのだ。
たまたま幸運にも山小屋が見つかったため、なんとか最悪の事態は免れたが、それでも朱里の狼狽は半端なものではなかった。
危うくこんな場所で命を落とすところだった。
いや、それよりも、小夜を道連れにするところだったのだ。
そう考えると、今でも背筋に寒気が走る。
「ほんと最悪の日だ…」
あぐらをかいて朱里はぽつりと呟いた。
再び沈黙の幕が二人を包み、外から聞こえる吹雪の音が大きくなる。
暖炉で燃える木が一際大きい音を立てたとき、毛布にくるまって膝に顔を乗せていた小夜が、何か思い出したように首を上げた。
「でも、今日はすごくおめでたい日なんですよ、朱里さん」
「は?」
いきなりの言葉に、朱里が眉をひそめて隣を見ると、小夜も同じように朱里を見返してきた。
嬉しげな笑みを浮かべたその表情に、朱里はさらに眉を寄せる。
「朱里さんは、今日が何の日かご存知ですか?」
「え、今日?何の日って…別に普通の日だろ。特に何の変わりもねえよ。
吹雪の中さまよい歩いたこと以外は」
言うなれば、遭難の日か。
思いはしたものの、さすがに口にはしない。
ここで改めて現状を小夜に思い出させてもいいことはない。
朱里の返事に、小夜は柔らかな声で答えを紡いだ。
「昔城の本で読んだんですが、ずっと…ずっと遠くの国では、明日をクリスマスと呼んで国全体で盛大にお祝いをするそうなんです。遥か昔にいらっしゃった尊い人のお誕生日らしくて、クリスマスはその方の生誕と共に、すべての人々の生誕を『メリークリスマス』という言葉で感謝するんですよ」
まるで吟遊詩人のごとく語りかける小夜の顔は、炎に照らされて幻想的に輝いている。
中でも、炎を直接宿したようにゆらゆら光る大きな瞳は、朱里の視線を捉えて離さない。
「そして、クリスマスの前日である今日の夜を、人々は聖なる夜"聖夜"と呼んでお祝いするそうなんです」
「…聖夜か」
ようやく視線を解いて、朱里は窓のほうに目を向けた。
吹雪は変わらず続いているが、確実に暗さは先ほどより増している。
夜が近づいているのだ。
(どうやら今夜はここで過ごすことになりそうだ)
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