がむしゃらに走り回った結果、気づけば朱里は町の北側にある高台の広場に辿り着いていた。
ハロウィンの夜にわざわざこんな辺鄙な場所に上ってくる者はいないらしく、息を切らしたオオカミ男だけが満月を背に一人ぽつんと佇んでいる。
「…ほんと俺、何やってんだ…」
自嘲気味に笑って広場の端の手すりに身を寄せると、冷たい風が頬を刺していった。
眼下にはオレンジの灯りが点る町の眺望が広がっている。
あそこでは今も小夜とアールが、二人並んでハロウィンを楽しんでいるのだろう。
一方自分はこんな人気もないところで、間抜けな恰好をしたままぼんやり町を眺めている。
虚しさの極みだ。
沈んでいく気持ちのまま、膝を抱えて地面に座り込む。
町のほうから賑やかな音楽が聞こえていたが、今の自分には死ぬほど不釣り合いだった。
「…帰りたくねえな…」
膝に顔を埋めて、そんなことを呟いたとき。
「──朱里さん、見つけましたっ」
すぐ後ろから覚えのある声が響いた。
肩を揺らして振り返ると、朱里と目線を合わせるようにしゃがみ込んで微笑む赤ずきんの姿があった。
なんて最悪のタイミングでこいつは現れるのだろう。
おのずと視線を逸らした朱里の気持ちも知らず、小夜は詰め寄ってくる。
「具合、いかがですか?」
心配そうな顔でこちらを覗き込む小夜は、朱里の去り際の言葉を疑いもしていないらしい。
罪悪感を覚えつつ「元気になったよ」とさらなる嘘でごまかすと、小夜がほっとしたように笑みをこぼした。
ますます罪悪感に襲われる。
素直に褒めてやれないどころか無駄な心配までさせて、一体自分は何がしたいのか。
座り込んだままため息をついていると、眼前にいきなり何かが差し出された。
「はい、どうぞ」
顔を上げると、笑顔の小夜がこちらに手を伸ばしていた。
その小さな手のひらの上には、飴玉が一つ乗っている。
「甘くて美味しいですよ。いちご味です」
促されるまま、受け取ったそれを口へと運ぶ。
小夜の言うとおり、口内にふんわりと甘酢っぱいいちごの香りが広がった。
幾分心が軽くなった気がするのは、この飴玉の効果なのだろうか。
それとも、前で朱里を見守るように微笑んでいる小夜のおかげなのかもしれない。
「…さっきは悪かったな。いきなりお前らの前から逃げたりして」
突然の朱里の謝罪に、小夜は目を丸くしてこちらを見返してきた。
躊躇いながら朱里はその続きを口にする。
「俺はお前らと比べてこんなだせえ格好だし、あいつみたいに気の利いたことも言ってやれねえし…考え出したら情けなくなっちまって…。お前も別に気遣って探しに来なくてもよかったんだぞ。せっかくのハロウィンなんだから、アールと一緒に楽しめば…」
「だめです!」
朱里の言葉は、突然の小夜の声に掻き消されていた。
驚いて目を見張る朱里の目の前に小夜が顔を寄せてくる。
鼻先が触れそうなほどの距離に、珍しく真剣味を帯びた表情の小夜がいた。
「私は朱里さんの相棒です。どんなときだって朱里さんが一緒じゃなきゃ楽しくなんかありません!きっとアールだってそのはずです」
最後の言葉には多少疑問が浮かぶが、小夜は構わず朱里の毛むくじゃらの手を取って告げた。
「朱里さんの格好は、誰よりも可愛くて恰好いいです。世界一素敵なオオカミさんだって、胸を張って言えるくらい今夜の朱里さんは素敵ですよ」
そう言って赤ずきん姿の可憐な小夜に微笑まれれば、ほだされない者などきっとこの世に存在しないだろう。
顔が上気していくのに気づいて、朱里は慌てて小夜から離れるように立ち上がった。
「ほんっとお前って、俺のこと超がつくほど好きだよな…!」
照れ隠しにからかうと、しゃがみ込んだままの小夜が無邪気に笑って答えた。
「はい!大好きですっ」
見事な自爆だ。さらに顔から火が出そうになる。
「…そうか。そりゃよかった…」
なんとかそれだけ答えて、朱里は眼下の町並みに視線を逃がした。火照った顔に風が心地いい。