そんなこんなやり取りを続けていた頃、軽快な足音とともに小夜が戻ってきた。
手に提げたかごの中にこんもりと戦利品の山を詰め込んで。
「お待たせしました!見てください、こんなにたくさん頂きましたよ!」
満面の笑みをのぞかせる小夜に、アールが直前までとは正反対の穏やかな微笑みを向ける。
「よかったね、小夜様」
「はいっ!後でみんなで分けましょう」
「それは楽しみだ」
和やかな会話の輪から外れたところで、朱里は一人アールを見つめて立ち尽くす。
なんて切り替えの早い奴だ。さっきまで人に文句を垂れていたというのに、今はその気配すらない。
優しいお兄さん然としたアールは、走ってきたせいか乱れた小夜の前髪を指ですいて、さらににっこり人好きのする顔で微笑んだ。
「この衣装、本当によく似合ってるよね。小夜様がいつも以上に可愛く見えて、ますます目が離せなくなっちゃうな」
衝撃で固まる朱里をよそに、小夜が照れたような笑みをこぼす。
「あ、ありがとうございます。アールもすごくお似合いですよ」
その瞬間、勝ち誇った顔でアールがこちらを見たのが分かった。
これが男の仕事ってやつさ。
その目がそう告げてくる。
「ねえ?朱里くんもそう思うだろ?」
挙げ句にこちらにまで話を振ってくる始末。
ここはアールに同調して、小夜を褒めちぎるキザな台詞でも吐いておくのが正解なのだろうことはよく分かった。
だが何か答えようと開いた口は、小夜の姿を視線に入れた途端完全に固まってしまった。
「あ、と…」
小夜と目が合う。
一度意識してしまえば、口下手な朱里から気の利いた言葉など出てくるはずもなく。
そんな朱里に今できることといえば、脱兎のごとくその場から逃げ去ることのみだった。
「便所行ってくる!」
苦し紛れに出た台詞がこれとは、我ながら情けなくて泣けてくる。
全速力で通りを駆け抜けていくオオカミを、道行く人々が物珍しげに見ていたが、当の本人にはそれに気づく余裕もなかった。
「…言葉どおり、しっぽを巻いて逃げていったね」
遠のいていくオオカミに目を細めるアールの横で同じように視線を寄せて、小夜が顔を曇らせた。
「朱里さん、体調を崩されてしまったんでしょうか…」
「そのわりには元気に走ってたみたいだけど」
軽い調子で返しているが、その顔には若干の呆れが浮かんでいる。
小夜を褒めるよう促したはずが、まさか一人逃げ出してしまうとは。
結局小夜にいらぬ心配をさせて、彼は何をやっているんだか。
一度は彼女の側にいることを諦めたが、彼があんな状態なら考え直したほうがいいのかもしれない。
あんな奴に大切な人は任せられない。
「あのね、小夜様」
口火を切ったところで、小夜の視線が再度朱里の消えた方角に注がれているのに気づいた。
その横顔には、朱里を心配する気持ちしかない。
ふう、と息をついてアールは微笑んで告げた。
「心配なら行ってあげたら?そのほうが彼も喜ぶよ」
相棒を追って駆け出した赤いずきんの背中を見送りながら、アールはやれやれと肩を落とした。
小夜の頭にはあの相棒のことしかない。
ならばいくら自分が何を言っても無駄じゃないか。
「…ほんと、しっかりしてほしいよね。小夜様のためにも、僕のためにも」
なんだか二度目の失恋をした気分だ。
感傷的になった気持ちを和らげようと天を仰ぐと、大きく膨らんだ満月が憐れむように無言で自分を見下ろしていた。