着ている最中から違和感はあった。
なぜ全身茶色の毛で覆われているのかとか、なぜ指の先に肉球がついているのかとか。
極めつけは頭につけた耳だ。
俺は一体どんな姿になってるんだ。
怖くて鏡も見られない。というか部屋の中に鏡の類が一切ないので、確かめようにも確かめられない。
広げた両手についたぷにぷにの肉球をしばらく見つめた後、意を決して朱里は扉のノブに手をかけた。
恐れていた爆笑、ということはなかった。
目立った反応といえば、目を輝かせ頬を上気させてこちらを見上げる小夜の隣で、アールが「よく似合ってるよ」とにっこり微笑みながら、肩を小さく震わせていたことくらいか。
「朱里さんはオオカミさんなんですね!とっても素敵ですっ!」
子どものように憧れの眼差しを向ける小夜に、朱里は青白い顔で「そりゃどうも…」とだけ返事する。
やっぱりオオカミなのか…。
確かに赤ずきんの童話に登場するキャラクターの中で、肉球がついている者と言えばオオカミくらいしかいない。
若干肩を落としてちらりと横を見れば、華やかな見た目の赤ずきんと猟師がそろってこちらを見ていた。
「…なんで俺だけ人外…」
だらんと垂れたしっぽを揺らして愚痴をこぼすと、アールが首を傾げてそれに答えた。
「もしかしてお婆さんのほうがよかった?」
一瞬婆さんの仮装をした自分を想像して、朱里は無言で首を横に振る。
「…オオカミでいいです…」
すべてを諦めたオオカミは、消え入りそうな声でそう答えたのだった。
町はハロウィン当日らしく、あちこちの店先に顔のついた大きなカボチャが積み上げられていた。
カボチャの中に灯された蝋燭の炎が風で揺れる度に、カボチャがけたけた笑っているように見える。
夜だというのに通りにはたくさんの人が出歩いていた。その誰もが何かしらの仮装に身を包んで、ハロウィンを謳歌しているらしい。
もちろん、小夜も例外ではない。
「私、お菓子をもらってきますっ」
中央広場に設けられた出店のほうに一目散に駆けていく赤ずきんの背中を見送りながら、朱里は思わず息を漏らした。
仮装して外を練り歩くのは初めての経験だが、こんなに気疲れするものだとは思わなかった。
容姿に恵まれた小夜とアールがそろいの仮装をしていれば、人の目を引くのは必然だ。
その後ろにひっそりとつき従う全身着ぐるみで顔だけ出した朱里は、どう考えてもオチ以外の何者でもない。
このままこっそり宿に戻っちまおうかな。
朱里が後ろに下がりかけたとき。
「君ってさ」
タイミング悪く、近くにいたアールに声をかけられた。
「な、なんだよ」
あからさまな動揺が声に出たが、アールは気にするふうもなく先を続ける。
「小夜様のこと、全然褒めてあげないんだね」
「へ?」
唐突すぎて理解が追いつかずにいると、アールが遠くに見える小夜の背中に視線を向けた。
「普通、女性が普段と違う恰好してたら褒めてあげるのが紳士の務めだろ。それなのに君ときたら、褒めるどころか衣装のことに触れもしないんだから」
…これはもしかして、説教を食らっているのだろうか。
神妙な顔でアールの横顔を観察するが、別段不機嫌そうでもない。ただただ不思議でたまらないという表情を浮かべているだけだ。
小さく息をついて、朱里は答えた。
「別に褒めなくたって何の問題もないだろ。あいつだって十分楽しんでるみたいだし」
毛で覆われた両手を広げてそう言うと、アールが隠す気もない盛大なため息をついてみせた。
「ほんと君って…お子ちゃますぎて嫌になるよ」
「おい、喧嘩売ってんのかよ」
唇を尖らせる朱里をじろりと睨んで、アールが返す。
「それで君の浅はかな考えが変わるのなら喜んで。君はもっと女心ってやつを勉強したほうがいいんじゃない?」
「はあ?女心?」