満月が綺麗な夜だった。

窓辺に設けられた椅子に座って、朱里がぼんやり外を眺めていると、コンコンと扉をノックする音が響いた。

「来たか」

ベッドの上に置いていた袋を手に、急ぐ様子もなくゆったりとした動作で扉に向かう。訪問者の予想はついていた。

もうあれから一年か。

脳裏にナース服姿の相棒が甦り、次いで頭に食らった鉄槌の痛みが甦って辟易する。
去年は散々だったが、果たして今年はどうなることやら。


扉を開けた先には、朱里の予想どおり見慣れない姿に仮装した相棒、小夜が目をキラキラさせて佇んでいた。

「朱里さんっ、トリックオアトリート!」

「トリートのほうで」

冷静に答えて、小夜の眼前に用意しておいた菓子の束を差し出す。

「お前も毎年よく頑張るよな。今年はそれ何の仮装だ?」

視線だけで頭から爪先まで確認して尋ねる。

足首まで広がった赤いエプロンドレスに、同じく赤いフード付きのケープ。今そのフードは小夜の頭をすっぽりと覆っていた。足元からはショートブーツが覗いている。

どこかで見た覚えのある恰好だな。内心首を傾げる。

朱里から受け取った菓子を手に提げたかごに収めながら、小夜が口を開こうとしたとき。


「赤ずきんだよ。朱里くんは読んだことないのかな?」

扉の影からひょっこりと妙な出で立ちをした男が現れた。

思わずつんのめった後で、その男に目を凝らす。

「…なんでお前までいるんだよ」

「ハロウィンだからね」

答えらしからぬ答えを言い放って、その男アールはいつものようににっこりと笑みを浮かべた。


赤ずきんの童話はもちろん読んだことくらいはある。ただ突然目前に現れた小夜にそれが結びつかなかっただけだ。

言われてみれば、赤いフードをかぶった小夜はまさしく赤ずきん以外の何者でもなかった。

そこでちらり、と隣に並ぶアールに視線を移す。

体にフィットした白いシャツにベスト、タイトなズボンの膝下まで伸びたブーツに、頭にはハンチング帽をかぶっている。背中からちらりと覗いているのは、猟銃の模造品だろうか。やけに手が込んだ仮装だ。

「こいつが赤ずきんでお前が猟師か」

ぽつりと呟いた朱里の言葉に、アールが大正解と言わんばかりに指を鳴らした。

仲良くそろいのテーマで仮装した小夜とアールは、見方によっては仲睦まじい恋人のように見える。
このまま町へ繰り出せば、間違いなく他人はそう思うだろう。

感情が顔に出ていたのかもしれない。
アールがくすりと笑った後で、

「心配しなくても、君の衣装もちゃんと用意してるよ」

そう付け加えて朱里の手に茶色い布の塊を押しつけてきた。

「べ、別に心配なんか」

「こんなことで焼きもち焼かれるなんて、本当に小夜様は愛されてるんだね」

アールが同意を求めるように小夜の顔を覗き込む。

が、小夜は一ミクロも理解できていないのだろう。目をぱちくりさせて微笑むばかりだ。

対する朱里は真っ赤になった顔を隠すように、そっぽを向いて言い放つ。

「小夜に話振んなよ!とにかくこれ着ればいいんだろ!ちょっと待ってろ」

言うが早いか、激しい音を立てて扉を閉めた。

そこではたと動きが止まる。

ちょっと待て。なんで俺まで仮装しなきゃいけない。
今年は穏便に済ますためにハロウィン用の菓子で小夜を言いくるめて、自分は傍観を決め込むつもりだったのに。

アールに衣装を突き返すかしばし迷った後、結局朱里は大人しく服を脱ぐことにした。

仮装しなければならない苦痛よりも、小夜とアールが仲良く同じ仮装でハロウィンを満喫する図が気に食わなかったからだ。

小夜のことだから、無邪気に笑顔を振りまいて、アールを喜ばせるに違いない。

「誰がそんなことさせるか」

悪役が浮かべるような陰険な表情で二人が待つはずの扉を睨みつけて、朱里は衣装に袖を通した。



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