一人取り残された路上で、朱里は立ち尽くしていた。

その手は口元に当てられている。

「…やべ」

失言に気付くが、今さら後悔しても遅い。

小夜の姿は朱里の視界からは完全に消えていた。

わけも分からず連れ出されて、挙げ句に「お前には関係ない」などと言われれば、どんな相手でも憤慨するのは当然のことだ。

朱里は肩を落として息を吐いた。

「…慣れないことしようとした俺が馬鹿なのか…」

盛大なため息は、無人の通りにやけに大きく響いてそのまま消えていった。


***



宿屋の一室には、ベッドの上にうずくまって顔を枕に押し付けたまま、微動だにしない小夜がいた。

先ほどからずっとこの状態だ。
押し黙ったまま、小夜は繰り返し考えている。


“お前には関係ないだろ”


網膜の裏に結ぶのは、そう告げる朱里の像ばかり。

小夜から視線を逸らし、目の奥の朱里は何度も同じことを繰り返す。

“お前には関係ないだろ”

すっと腹の底から凍えるような、冷たい声音。

ベッドにうずくまったまま、小夜は両手で肩を抱く。


確かに、朱里の考えること全てが、小夜に関係あるわけではない。

何を考えようが人の勝手だ。
他人に詮索される覚えはないのだ。

それは小夜にもよく分かっている。
頭では分かっているつもりだ。

だけど。

朱里にそう言われた瞬間、胸のどこか奥のほうが、誰かの無遠慮な手に握りつぶされたように感じたのも確かだった。

この感情をどう言葉で言い表せばいいのか、小夜には分からない。

悲しい。
淋しい。
虚しい。

おそらく、そういった思いがない混ぜになった痛みだと思う。

急に突き放されて、独りきりになった気がした。

どんなに近づきたいと望んでも、一定の距離まで辿り着くと突然、天空まで達するほどの石壁がそびえて小夜を拒否する。

そうなると、小夜にはどうすることもできない。

「…欲張りすぎたんでしょうか…」

ふいに、小夜の口から囁きに似た声がこぼれた。
小夜のまぶたがうっすらと開く。


もしかしたら、自分は人より貪欲なのかもしれない。

側にいるのをいいことに、もっともっと、と際限なく求めてしまう。

朱里の前に引かれた境界線にも気付かずに、もっと近づきたくて足を踏み入れようとして。


「………」

考えを巡らせるうちに、小夜はどんどん気落ちしていく自分を自覚した。

今さらながら、無神経で鈍感な自分が嫌になる。

胸に溜まるわだかまりを軽減させようと息を吐いてみたが、少しも楽にはならなかった。

駄目だ、今日はこのまま大人しく部屋にいよう。

そう考えて小夜が目を閉じたとき、誰かが部屋の扉をノックした。




この部屋を訪ねてくる者など、一人しか思いつかない。

小夜は身を起こすと、部屋の入口を無言で見つめる。

どうすればいいのか考えあぐねていると、急かすように再度ノックの音が響いた。


小夜は恐る恐る床に足を伸ばす。

なぜか忍ぶように足音を消して入口まで近づくと、そっと扉に耳を寄せた。

向こう側からは特に何の音も聞こえてこない。

小夜が反応を返さないので、諦めて立ち去ってしまったのだろうか。

扉から顔を離して、小夜は様子をうかがう。

少し、扉を開けて向こうをのぞいてみようか。

扉の取っ手に小夜が手をかけたときだった。


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