一人取り残された路上で、朱里は立ち尽くしていた。
その手は口元に当てられている。
「…やべ」
失言に気付くが、今さら後悔しても遅い。
小夜の姿は朱里の視界からは完全に消えていた。
わけも分からず連れ出されて、挙げ句に「お前には関係ない」などと言われれば、どんな相手でも憤慨するのは当然のことだ。
朱里は肩を落として息を吐いた。
「…慣れないことしようとした俺が馬鹿なのか…」
盛大なため息は、無人の通りにやけに大きく響いてそのまま消えていった。
宿屋の一室には、ベッドの上にうずくまって顔を枕に押し付けたまま、微動だにしない小夜がいた。
先ほどからずっとこの状態だ。
押し黙ったまま、小夜は繰り返し考えている。
“お前には関係ないだろ”
網膜の裏に結ぶのは、そう告げる朱里の像ばかり。
小夜から視線を逸らし、目の奥の朱里は何度も同じことを繰り返す。
“お前には関係ないだろ”
すっと腹の底から凍えるような、冷たい声音。
ベッドにうずくまったまま、小夜は両手で肩を抱く。
確かに、朱里の考えること全てが、小夜に関係あるわけではない。
何を考えようが人の勝手だ。
他人に詮索される覚えはないのだ。
それは小夜にもよく分かっている。
頭では分かっているつもりだ。
だけど。
朱里にそう言われた瞬間、胸のどこか奥のほうが、誰かの無遠慮な手に握りつぶされたように感じたのも確かだった。
この感情をどう言葉で言い表せばいいのか、小夜には分からない。
悲しい。
淋しい。
虚しい。
おそらく、そういった思いがない混ぜになった痛みだと思う。
急に突き放されて、独りきりになった気がした。
どんなに近づきたいと望んでも、一定の距離まで辿り着くと突然、天空まで達するほどの石壁がそびえて小夜を拒否する。
そうなると、小夜にはどうすることもできない。
「…欲張りすぎたんでしょうか…」
ふいに、小夜の口から囁きに似た声がこぼれた。
小夜のまぶたがうっすらと開く。
もしかしたら、自分は人より貪欲なのかもしれない。
側にいるのをいいことに、もっともっと、と際限なく求めてしまう。
朱里の前に引かれた境界線にも気付かずに、もっと近づきたくて足を踏み入れようとして。
「………」
考えを巡らせるうちに、小夜はどんどん気落ちしていく自分を自覚した。
今さらながら、無神経で鈍感な自分が嫌になる。
胸に溜まるわだかまりを軽減させようと息を吐いてみたが、少しも楽にはならなかった。
駄目だ、今日はこのまま大人しく部屋にいよう。
そう考えて小夜が目を閉じたとき、誰かが部屋の扉をノックした。
この部屋を訪ねてくる者など、一人しか思いつかない。
小夜は身を起こすと、部屋の入口を無言で見つめる。
どうすればいいのか考えあぐねていると、急かすように再度ノックの音が響いた。
小夜は恐る恐る床に足を伸ばす。
なぜか忍ぶように足音を消して入口まで近づくと、そっと扉に耳を寄せた。
向こう側からは特に何の音も聞こえてこない。
小夜が反応を返さないので、諦めて立ち去ってしまったのだろうか。
扉から顔を離して、小夜は様子をうかがう。
少し、扉を開けて向こうをのぞいてみようか。
扉の取っ手に小夜が手をかけたときだった。