すっ、と体から熱が引く。
「…なるほど。これがお前の気持ちか」
淡々と呟く朱里に、小夜が顔を寄せて箱の中を覗き込んできた。
「わっ!違うんです!ほんとはちゃんとハート型で…!さっきこけたときに割れちゃったのかも…。ごめんなさい…!」
見る間に沈んでいく小夜。
朱里はぷっ、と笑って、その小夜の口にハートの片割れを突っ込んでやった。
「ばーか、ちゃんと分かってるって。ちょうどいいや。半分ずつ一緒に食おうぜ」
残った半分を自分の口に入れようとしたとき、口からチョコを外した小夜が戸惑いの視線を向けてきた。何か言いたそうだ。
「なんだよ?」
「…あの…できれば、朱里さんに全部食べてもらえたら…すごく嬉しいです…」
唇の端にチョコをつけたまま、消え入りそうな声で呟いてそのままうつむいてしまう。
朱里は目を丸くして、小夜の持つチョコレートに視線を落とした。
チョコレートを渡すとき、これは自分の気持ちだと小夜が言っていたことを思い出す。
ならば、ここにあるチョコレートはすべて自分が食べるべきなのだろう。
しばし考えた後。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
うつむいた小夜の顔に影が差した。
顔を上げたところを、朱里がその無防備な唇にかぶりつく。
口内に優しい甘みが広がった。
「ん、美味い」
顔を離した朱里は、そのまま小夜の手からチョコレートを奪うと、その場でそれも頬張り始める。
もぐもぐと咀嚼する朱里の前で、小夜の顔がみるみるうちに赤く染まった。
「どした?」
わざと愉快げに覗き込む朱里から隠れるように、小夜が両手で頬を押さえる。
尖らせた唇からぽつりと声が呟かれた。
「…朱里さんは、たまにすごく大胆です…」
珍しく照れているらしい。
その仕草に思わず笑いがこぼれる。
「お前が全部食えって言ったんだろ」
「それはっ…そうですけど…でも…」
さらに耳まで真っ赤になる小夜。
「なんだよ。何か文句あるのかよ」
いたずら心に火が付いた朱里が、さらにその顔を下から覗き込んだとき。
「あーっ!今チュウした!チュウ!」
どこからともなく盛大な子どもの声が響いた。
聞き覚えのある声に、朱里は瞬時に小夜から顔を離して周囲に目を凝らす。
見れば、そう離れていない宿屋の一階の窓に、いくつかの頭が並んでいた。
逆光で表情までは分からないが、子どもらしき影が三つに大人らしき影が二つ。
その正体に思い当たって、絶句する朱里。
いや、どちらかと言うと絶望のほうが近いかもしれない。
「あっ、皆さん」
のんびり振り返って笑う小夜の手を取ると、朱里は足早にその場から退散し始めた。
「朱里さん?どこへ行くんですか?」
今度は朱里が顔を赤くする番だった。
「あいつらのいないとこ!」
やけくそ気味に答えて、傍観者の視線から逃げるように広場を奥に突き進む。
宿に戻ったら死ぬほどからかわれるだろうことは容易に想像できた。
いっそのこと、このまま町を出て森の中に一晩身を潜めるか。そんな危険な考えさえ浮かぶ。
後ろで小夜がふふっと笑う声が聞こえた。
「それじゃあもう少し二人きりでいられますね」
ちらりと振り返れば、嬉しそうについてくる小夜の顔。
こちらにも伝染してしまいそうだ。
「ほんと誰かさんはのんきでいいよな」
軽く笑いをこぼすと、朱里は小夜の小さな手を握り直した。
ランタンの優しい光が灯る中、二人だけの夜はもうしばらく続きそうだった。
─おまけ─
淡い闇の中に消えていく二人の姿を眺めながら、ジライがぽつりと呟いた。
「…師匠。今夜あたり、朱里もいよいよお赤飯じゃないかな…」
「いや、あの様子じゃ当分先の話だろ」
笑い飛ばす師匠を見上げてトムが尋ねる。
「お赤飯って何の話?」
「んー?」
顎を撫でて誤魔化す師匠の代わりに、隣でジライがにやりと笑って言った。
「…明日の朝、朱里に聞いてみてごらん。きっと答えてくれるよ…」
「分かった!」
「お前も大概人が悪いよな。まあ、面白いから止めはしないが」
師匠のその言葉どおり、翌日子どもたちから質問攻めに遭った朱里が、傍目から見ると笑える状態になったことは言うまでもない。
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