もうすぐ日も沈む。こんな時間まであいつは何やってるんだろう。

ふと、頭に朝の小夜の姿がよぎった。

“朱里さんの今日一日を、私にくださいっ”

両手を胸の前で組んで懇願する小夜。
それがすぐに悲しげな笑顔に変わる。

“私は全然大丈夫ですから…楽しんできてください”

小さく手を振る小夜の姿が甦って、朱里は席を立っていた。

「俺、あいつを迎えに行ってくる」

コートを羽織って食堂を飛び出そうとしたとき。


「あっ、朱里さん」

外からちょうど戻ってきた小夜と鉢合わせした。

寒空の下に長いこといたせいか、頬と鼻の頭を赤くした小夜が不思議そうに朱里を見上げてきた。

「どこかへ行かれるんですか?」

朱里の気も知らない無邪気な仕草に、ため息がこぼれる。

「いや…ちょうど今解決したとこだ」

視線を落としたところで、小夜の腕に紙袋がかかっているのが見えた。

おそらくこれを買うために外出していたのだろう。

今日のおやつかな。
心配して損した。


小夜とともに改めて円卓に腰を落ち着ける。

すぐに戻ってきた朱里に、師匠が無言でニヤリと笑みを向けてきたのには、気づかないふりを決めこんだ。

このメンバーでこうして食卓を囲むのもずいぶん久しぶりのことだ。
相変わらず小夜の両隣は子どもたちによって占拠されている。

少し、いやかなり気に食わなかったが、当の小夜が嬉しそうなので文句も言えない。

この再会を一番喜んでいるのは、もしかすると小夜なのかもしれなかった。



賑やかすぎる食事を終えると、小夜がいそいそと膝の上に先ほどの紙袋を取り出してきた。

これからさらに菓子でも食べる気だろうか。
あれほど体重には敏感なくせに、女心とかいうやつは理解に苦しむな。

朱里が内心首を傾げていると、小夜が口を開いた。

「あの、これ皆さんに」

朱里の予想に反して、小夜は紙袋から小箱を取り出すとそれを周囲に配り始めた。

水色の紙で包まれ、その上からピンクのリボンでラッピングされた箱だ。


──あ。

そこで朱里は思い当たった。

師匠にジライ、三兄弟にまで箱が渡ると、小夜は微笑んで言った。

「今日はバレンタインなので、私から皆さんにプレゼントです」

男性陣の顔が途端に輝く。
長い前髪で顔が隠れたジライですら、まとう空気が桃色に変わるのが見て取れた。

確かに今ここにいるのは小夜以外全員男だ。
つまりバレンタインをもらう側になる。

小夜は昼間それに気づいて、慌ててプレゼントを買うため町に出たのだろう。

それは分かった。

だが、ここで問題が一つ。


「あー!兄ちゃんのだけ忘れられてるー!」

すぐ隣のトムから無情な声が辺りに響いた。

朱里は無言で自分の手元を見る。何もない。よりによって俺だけ。

「ええと、あの、朱里さんのは…」

あからさまに慌てる小夜。

ドジなこいつのことだ。急きょ増えた師匠たちの準備で頭がいっぱいで、朱里の分は完全に抜けていたのだろう。

責めても仕方がない。こいつはこういう奴だ。

頭では分かっている。
分かってはいるが…傷つくものは傷つく。


「…べっつにどうでもいいけどさ」

不貞腐れたまま、朱里は席から立ち上がった。

「朱里さん、どちらへ…」

「散歩!」

言い捨てて食堂を一人後にする。

背中に注がれる小夜の視線は、完全に無視した。




「我が弟子ながら未練たらたらだな」

「…あの分かりやすさ、むしろ清々しいくらいだね…」

落胆と書かれた背中で去っていく朱里を眺めながら、師匠とジライが笑いをこぼした。

さっそくプレゼントの中身を頬張る子どもたちの側で、小夜だけが心配そうに朱里の消えた方向を見つめている。

「まあ放っといてもこの寒さだ。すぐに戻ってくるだろ」

軽く構えて笑い飛ばす師匠だが、小夜の顔は曇ったままだ。

すぐに彼女は椅子を引いて立ち上がった。

「あの、少し席を立ってもいいですか?」

師匠が苦笑する。

「手間かけて悪いな」

駆けていく小夜の後ろ姿を見送りながら、師匠とジライは顔を見合わせて笑った。


****



「あー寒い…!」

誰にともなく愚痴をこぼしながら、朱里は背中を丸めて歩いていた。

日は完全に沈んでいる。

宿屋を出て目の前の広場には、街路樹が石畳に等間隔に植えられていた。

街路樹に渡したロープから下がったランタンのおかげで、広場の周囲はぼんやりと橙色の灯りに包まれている。

宿屋を出た瞬間凍てつくような寒さに早くも外へ出てきたことを後悔したが、のこのこと戻ることもできない。

仕方がないので、近場のこの広場で時間を潰すことにしたわけだ。


夜もそこまで深くはないはずだが、周囲に人の姿は見当たらない。
もっともこの寒さだ。好き好んで外をうろつく者など、よほどの理由がないかぎりいないのだろう。

「…俺は何してるんだか…」


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