九死に一生を得たとばかりに、朱里は笑顔さえ覗かせて窮地の視線を扉に逃がした。
ゆっくり開かれた扉の隙間から覗いたのは。
「…やあ。楽しんでるみたいだね」
刹那、朱里は素早い動きで自分の背後に小夜を隠した。
今の小夜の姿をこいつにだけは見せるわけにいかない。
「何の用だよ」
警戒心を剥き出しにして、朱里が部屋に入ってきた人物を睨みつける。
対するその人物はのんびりと手をヒラヒラさせて、
「…ちょっとどうなってるか、様子見にね」
わけの分からないことを述べる。
何のことだと口を開こうとしたところで、朱里の背に隠されていた小夜がひょっこり顔を覗かせた。
「あっ、ジライさん!来てくださったんですね」
朱里の制止も聞かず、小夜はあられもない恰好で無防備にジライという名の変態の元へ歩み寄っていく。
挙句にその姿を見せるように、先ほど朱里にしたのと同じクルクル回ってまでいる。
「やめろ小夜!早くそいつから離れろ!」
鬼気迫る様子の朱里に、小夜は不思議そうに目を丸くすると、
「ジライさんですよ?忘れちゃったんですか?」
のんきにそう返して再びジライに笑顔を向けた。
「ジライさんのおかげで、こんなに素敵な衣装を着ることができました!ありがとうございます」
…ん?ジライのおかげ?
その言葉に違和感を覚えて、朱里は眉根を寄せる。
「ちょっと待て。ジライのおかげってどういう」
その問いに、小夜が「そういえば言ってませんでした」と両手を合わせた。
「今回の衣装はジライさんが一から作ってくださったんです!」
嬉しそうに頬を染めて答える小夜。
その後ろでジライが静かに頷く。
「一からってまさか、採寸も…?」
朱里の顔が一気に青ざめる。
脳裏に小夜の体にメジャーを巻きつけて、あらゆる部分の寸法を測るジライの楽しげな姿が浮かんだ。
こいつは今ここで粛清するしかない。
俺がやらなきゃ誰がやる。
覚悟を決めて握り拳に力を込めたとき、小夜が口を挟んだ。
「それが、ジライさんは採寸しなくても、見ただけでその方のサイズがすべて分かる眼力をお持ちなんですって」
「この衣装もジャストサイズみたいだね…。よかったよかった…」
小夜の言葉を裏付けるように、ジライがうんうんと頷いた。
その表情は前髪に隠れて見えないが、まとう空気がどこか自慢げで若干苛立ちを覚える。
そんな変態を露呈するような眼力、俺なら死んでも人に言えない。
「…あ、そうそう」
朱里が内心、ジライの変態加減を再確認したとき、当のジライが思い出したように手をポンと叩いた。
「…朱里、見てごらん。ここが僕の一番のお気に入りなんだ…」
そう言って小夜の衣装のある一点を指差してみせる。
「あ?」
つられたように視線をそちらに向ける朱里。
そして思わず吹き出した。
「な、な、何がお気に入りだ!この変態野郎!」
全力で叫ぶ朱里の頬は燃えるように真っ赤である。
ジライが指し示しているのは、小夜の履くスカートの中から伸びた、ストッキングを固定するためのガーターベルトだった。
「…朱里がお気に召すかなと思って…」
ニヤリと不敵に笑うジライ。
「あながちハズレでもないみたいだね…」
「勝手に決めつけんな!ていうか俺好みなの前提に作んな!」
息も荒くツッコミまくる朱里に、涼しい顔でジライが言う。
「…それが小夜ちゃんのご所望だからね。朱里が気に入ってくれそうな衣装にしてほしいってさ…」
ねえ?と隣に立つ小夜に問いかける。
小夜は気恥ずかしそうに手を腰の前で組んで視線を泳がせていた。
「はい、あの、どうせなら…朱里さんに喜んでもらえたらって…」
「…健気ないい子でしょ。僕が言うのも何だけど、朱里にはもったいないくらいだよ…」
ほんとにお前が言うんじゃねえよ。
大袈裟に両手を広げて肩をすくめてみせるジライの態度に苛つきはしたが、側で申し訳なさげに佇む小夜の姿には何とも言えない気持ちになった。
自分の小遣いなんだから自分の好きな衣装を選べばいいのに、こんなときまでこいつは俺を喜ばせようとして。
なのに俺はこいつに何て言った?
こいつの気持ちも考えず、駄目だと頭ごなしに否定してしまったではないか。
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