どこかで誰かがノックをする音が聞こえた気がした。

爽やかな朝だ。

小夜はまぶたをこすりながら身を起こす。

窓の外は気持ちのいい快晴。
部屋に降り注ぐ朝日がほんのりと暖かい。

いつの間にか冬は終わりを告げ、春の到来が始まっているのかもしれない。

ぼんやり外の景色を眺めていると、再びノックの音がした。
聞き違いではなかったらしい。

小夜はベッドから抜け出すと、慌てて部屋の扉を開いた。



「…よう」

扉の向こうに立っていたのは、相棒の朱里だった。

朱里は視線をすぐに逸らすと、無愛想に一言だけ告げた。

「今から出かけないか」

突然の申し出に、小夜は思わず目を丸くする。

「今からですか?」

小夜が戸惑うのも無理はない。まだ早朝だ。

起きたばかりで朝食すら摂っていない状態なのは、小夜の寝巻き姿を見れば朱里にも一目瞭然のはずだった。

だが朱里は「ああ。今から」と答えたきり、口を閉ざしてしまう。
なぜか小夜と視線を合わせようとしない。

普段とは明らかに違う朱里の様子に、小夜は内心戸惑いながらも小さく頷いてみせたのだった。


***



二人並んで朝の静かな街を歩く。

空気はしんと冷え切っていて肌寒い。

もう春もすぐそこまで来ているとはいえ、早朝の気温はずいぶん低いようだ。

(…手袋を持ってくればよかったです)

冷たくなった手先を合わせて息を吐きかけながら、小夜はちらりと隣に目を向けた。

横を歩く朱里は、先ほどからずっと押し黙ったままだ。

機嫌が悪いのか、いつもより表情が固い。

翡翠色の瞳は小夜を頑なに拒むように、前方を真っ直ぐ見据えていた。

(怒っていらっしゃるのでしょうか。原因はやっぱり、私…?)

ちらちらと視線を向ける小夜にも気付くことなく、朱里は歩み続ける。

一体どこに向かっているのだろうか。
気にはなるが、訊ける雰囲気でもない。


街の中心部を抜け、人家が極端に少なくなる外れまで来ても、朱里の足は一向に止まる気配がない。

このまま行くと、街を出てしまうことになる。

小夜はついに耐えかねて、足を止めた。

朱里は振り返って自分を見てくれるだろう。
そう考えた。


だが、朱里の背中は、そのまま何事もなかったように遠ざかっていく。

小夜を一人、置き去りにして。


朱里はどうしてしまったのだろう。

自分を置いてどこへ行こうとしているのか。

小夜は無性に悲しくなって、その背中に叫んだ。

「朱里さんっ」

朱里の頭がわずかに反応し、ようやく歩みが止まる。

振り返った朱里の顔には、驚きの色が浮かんでいた。

「お前、そんなとこで何してんだ」

今まさに、自分の隣に小夜がいないことに気付いた。そんな顔で、朱里は小夜を見返す。

小夜は顔をくしゃくしゃに歪めた。

「朱里さんこそ、どうして私を置いて行っちゃうんですか」

「えっ?いや、そんなつもりは」

「私に気に入らないところがあるなら、おっしゃってください!黙っていられたら、どうしていいか分かりませんっ…」

今にも泣き出してしまいそうな小夜の様子に、朱里は慌てて彼女の元へ駆けつける。

顔を覗き込み、心底困ったように朱里は眉尻を下げた。

「違うんだ、怒ってない。ただちょっと考え事してて…」

「考え事って何ですか…」

「それは…。お前には関係ないだろ」

焦ったように小夜から視線を逸らす朱里。

小夜はうつむいて唇を噛み締めた。


「…帰ります」

「え?」

朱里の顔を見ることなく背中を向けると、小夜はそのまま元来た道を歩き出した。

後ろで「おい!」と自分を呼び止める声がしたが、聞こえないふりでその場から立ち去った。


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