「――じゃないと、イタズラしちゃいますよっ」
早めの夕食を終え、自室でのんびりとした時間を楽しんでいた朱里の元に小夜がやってきたのは、陽も完全に沈んだ後のことだった。
扉を開けた朱里に向かって、突然小夜がこう言い放ったのだ。
「お菓子をくださいっ!」
「はぁ?」
意味不明な台詞を聞くのと同時に、そのおかしな格好にも朱里は目を丸くした。
小夜の身を包んでいるのが、普段とはまったく違う漆黒のワンピースだったからだ。
キャミソールタイプのワンピースは布地が薄いのか体のラインが現れやすく、裾からはすっと伸びた腿が露わになっている。
その上からポンチョ型の黒いマントらしきものまで羽織った小夜の姿は、ぱっと見には魔女のような出で立ちに見えた。
小夜はスカート裾からのぞいた足を、落ち着かないのか内股ぎみにして同じ台詞を繰り返した。
「ですから、あのっお菓子をくださいっ!」
「…お菓子って突然言われても……だいたいお前にはちゃんといつも小遣いやってるはずだろ。その中で上手くやりくりしろよ」
開けた扉に手をついたまま朱里は首をすくめてみせた。
彼には今いち小夜の言動の意味が分からない。
なぜこんな黒づくめの格好をして、お菓子をねだりに来る必要があるのか。
朱里が首をひねりながらも会話を切って扉を閉めようとしたときだった。
「まっ、待ってください!お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますよっ!」
いきなり小夜がそう叫んだのだ。
――お菓子をくれなきゃイタズラ。
「…イタズラって誰に?」
「えと、朱里さんにっ!」
「どうやって俺にイタズラするわけ?」
「えっ、ええとそれは…」
イタズラの内容までは考えてなかったのか、小夜は首を傾げたまましばし考える仕草を見せた。
「そうですね…それじゃあ、ええと……だっ、抱きついちゃいますっ!」
いきなり朱里の背中に腕を回して、ぎゅうっと体を押し付けてくる小夜。
朱里は驚き半分呆れ半分で、必死に自分にしがみついてくる小夜を見下ろした。
「…これがお前の考えるイタズラか?」
「だ、駄目でしょうか?」
なおも抱きついたまま小夜が上目遣いで尋ねる。
「駄目って言うか……そもそもお前、イタズラの意味分かってねぇだろ?相手が嫌がるようなことするのがイタズラの定義だぞ」
「でも私、朱里さんが嫌がるようなことはしたくないです…」
「ならイタズラするとか言うな」
「…あれはその、決まり文句でっ…」
意味不明なことを言い続ける小夜をとりあえず引き剥がすと、朱里は改めてその顔をのぞきこんだ。
「そんなに菓子が食いたいなら、明日特別に買ってやるから」
今日は我慢しろ、とまるで子どもにでも言い聞かすかのように、朱里は小夜の目の高さにかがんで軽くその額をつついてやった。
しかし小夜はなぜか慌てたように落ち着きなく視線を泳がせる。
「いいえっ、そうではないんですっ。今日はせっかくのハロウィンだからと思って、どうせなら朱里さんのところに仮装してお邪魔しようと…」
もじもじと両手の指を合わせながら小夜がそっと朱里の顔をうかがい見る。
朱里は反対に怪訝そうな視線を返した。
「…はろうぃん?って何だ?」
初めて耳にする言葉だ。
そしてその”はろうぃん”だから仮装する、とは一体どういうことなのだろう?
まさに目が点状態になっていたのだろう。
頭の中が疑問符で埋まりそうな朱里に、小夜が慌てて助け舟を出してきた。
「えと、ハロウィンと言うのは年に一度だけ、子どもたちがお化けに仮装して色んなお家に訪ねていく日なんです。そこで絶対言う台詞というのがありまして、それが今私が言った言葉で…」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ、だっけ?」
「はいっ」
こくこくと必死に頷く小夜の格好を朱里は再度確認する。
(ああ、なるほど。だからこんな真っ黒い服着てるのか…。魔女に扮装してるつもりってわけだ)
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