その日目が覚めると、ベッド横の机の上に小さな箱が置かれていた。
ピンク色の水玉の箱に白いリボン。どう見てもプレゼント用の箱だ。
何度も目元をこすりながら、朱里はそっとその箱を手にとってみる。
「…まさか、ひょっとして…?」
呟く彼の瞳は淡い期待を映してキラキラと輝いていた。
朱里は想像する。この箱がこの場所に置かれるまでの経緯を。
日も完全には昇りきらない明け方頃、朱里が眠る部屋の扉が静かに開けられる。
そこから姿をのぞかせた少女の手には、水玉模様の可愛らしい箱。
少女は大きな瞳を左右に揺らして朱里が起きていないことを確かめると、そっと忍び足でベッドに近づいてくる。
ベッドの中では朱里が寝息を立てて眠っているが、それを起こすというわけでもなく少女はベッド側にしゃがみ込む。
胸に大事そうに抱いた箱を側の机に置くと、少女はささやく。
『…これは私からの気持ちです』
朱里の寝顔をのぞき込むように顔を近づけ少女は微笑む。
『受け取ってくださいね…』
かすかに頬に触れるほどの口付け。
少女はそのまま現れたときのように、物音を立てず部屋を後にする。
ただ最初と違うのは、机の上に置かれた小さな水玉の箱だけ。
朱里は震える手で思わず口元を押さえた。
手にとった箱をまじまじと見つめる。
「ま…まじかよ」
その頬が真っ赤に染まっているのは言うまでもなく、今や耳までもが赤く色づいている。
朱里はしばらくの間箱に熱い視線を注いでいたが、何を思ったのか急にそれを胸に掻き抱いた。
そのまま箱を抱き締めてシーツの上をごろごろと転がり始める。
「っっ…!!」
うまく言葉にできない歓喜と興奮を、たまらず行動に出してしまったらしい。
シーツが乱れるのも構うことなくひたすら転がるという意味不明な行動をしばし続けると、朱里は満足したのか起き上がってふぅと息をついた。
改めて手の中にある小さな箱を見つめる。
…もしこの中にあるのが俺の予想してる物だったら…。
再び転がり出してしまいそうな自分をなんとか抑えつつ、朱里は震える手でそっとリボンを紐解いた。
ゆっくりと箱のふたを開ける。
「…っ!」
箱の中に並んでいたのは、艶のある褐色のチョコレートだった。
表面に模様が描かれた可愛らしい四角形のチョコが四つ、綺麗に整列している。
自分の予想が的中したということより、今日この瞬間に自分の手元にチョコレートが存在しているという事実に、朱里はこの上ない喜びを感じた。
まるで割れ物に触れるかのように恐る恐るチョコを一つ手にとると、朱里は再びそれをじっと見つめた。
目を通しただけで、そのチョコの甘さや濃厚さが感じ取れるようだ。
いや、それ以上にこれをここに置いていった人物の思いが感じられて、朱里は我知らず顔がにやけてしまうのを抑えられなかった。
――この17年間で生まれて初めてのバレンタインチョコ。
そんな貴重なものを口に運ぶ行為に緊張しないはずがない。
やっとのことで神聖なチョコを口に含んだ途端、口中に幸せな甘さが広がるのを感じた。
…ああ、今ならあいつに対してもっと素直になれるかもしれない…。
もっと正直に自分の気持ちを…。
そのときだった。
部屋の扉がノックされて、ちょうど今脳裏に思い浮かべていた少女が顔を現した。
「朱里さん、今ちょっとだけいいですか…?」
恥ずかしげに扉の向こうから顔だけのぞかせて、小夜はうかがうように朱里を見てきた。
「あっ、ああ。どうした?」
慌ててベッドの上で居住まいを正した朱里が問う。
「ええと、あの…」
「…おやおや、二人ともタイミングよくおそろいだね…」
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