俺はマントの端を掴むと、月明かりから俺たちの姿を隠すように大きく小夜の頭上までそれを広げた。

二人の間にだけ深い闇が生じる。

「…いじわる?当然だろ」

マントがつくる漆黒の闇の中、俺は小夜の顔をのぞき込んで、自分で思う限りの不敵な笑みを浮かべてみせた。


「――俺は吸血鬼だからな」


今度は牙に邪魔されることもなかった。

吸血鬼が血を求めるように、俺も小夜の温もりを求めて唇を重ねる。
そこから互いの体温が溶け合うような心地よい錯覚に包まれた。

そっと唇を離すと、小夜が上目遣いで俺の顔を見つめてきた。
何か言いたげだ。

「なんだよ。言っとくけど血は吸わないからな」

俺の言葉に首を横に振る小夜。

しばらく小夜は恥ずかしそうに逡巡していたが、再びうかがうように俺の顔を見つめてきた。

「…朱里さん…」

「ん?」

「…もう、一度…」

消え入りそうな声で、小夜がささやく。

「…もう一度、だけ…してもらっても…いいでしょうか…」

最後のほうはほとんど聞き取れないくらい小さい声で。

おそらく目を丸くしているだろう俺の前で、小夜はそのままうつむいて押し黙ってしまった。

俺はというと、ただ唖然とするばかりで。

「え、それってどういう…」

無神経だと思う余裕さえないまま訊き返すと、恥ずかしさの極限のためか目に涙をためた小夜が顔を上げた。

それを見た途端、急に顔が熱を上げた。

「あ、えっ!?」

ようやく小夜の言葉の意味を理解して、思わず声を上げてしまう。
手の甲を口に押し付けて、俺は信じられない思いで小夜を凝視した。

「な、なんで…?どうしたんだよ」

「……っ」

俺の発言が悪かったのだろうか。
再び小夜がうつむいて顔を隠してしまった。

「やっ、やっぱり何でもありませんっ…!どうか気にしないでくださいっ」

「でも、お前…」

「わっ私がいけないんですっ!朱里さんの今日のお姿があまりに素敵で…つい、おかしなことをっ…」

今度は俺が押し黙る番だった。
今の小夜の言葉で、さらに顔の温度が上昇する。

何馬鹿なこと言ってんだよ、お前は。

そう笑い飛ばすことができればよかったが、あいにく俺はそんなに器用な性格ではない。
さっきのようにからかう余裕もなかった。

小夜は俺からの言葉を待っているのだろうか。
小さく縮こまった肩が、危ういほどに細く見えた。

「あ…えと」

とりあえず声を発してみたのはいいものの、続く言葉が見つからない。

「あー、ええと…」

去年のお前の魔女姿も似合ってたぞ。
なんて今さら褒めてみても意味がない気がする。

お前もジライと一緒で仮装が好きなんだな。
間違っても小夜とジライを一緒の枠でくくりたくない。

じゃあ、何て言えばいいんだ?

こういうとき、口下手な自分を心底恨む。
口よりも先に手が出てしまう俺に、気の利いた台詞なんて思いつくわけもない。

ということは。

俺は内心ひどく緊張しつつ、そっと小夜の両肩に手を置いた。

わずかに小夜の肩が震えて、恐る恐るといったふうに顔が上げられる。

その不安そうな顔に小さく笑ってみせて、俺は小夜の額に軽く触れる程度の口付けを落とした。

驚いて一層大きくなった瞳を俺に向けてくる小夜。
俺は顔から火が出そうな羞恥心を笑顔の裏に押し隠して、言ってやった。

「Trick or Treat――驚いたか?いたずらは大成功だな」

「…いた、ずら?」

「ああ。いたずら」

きょとんとした顔で額に手を当てこっちを見ていた小夜が、俺の言葉にはにかんだ笑みをこぼした。

「すごく素敵ないたずらですっ」

嬉しそうに、幸せそうに笑う小夜の顔が、月の下に照らされてほのかに白く浮かび上がる。

それを見た瞬間、今夜ここに来てよかったと思えた。

ジライの策略にはまってしまったと後悔していた気持ちが、簡単に吹き飛んでいく。
ジライのおかげで、俺は今ここにいられるんだから。

「…ある意味ジライに感謝なのかもな…」

一人呟く俺の顔を不思議そうに見上げる小夜に笑いを返して、俺は無造作にその頭をくしゃっと撫でてやった。

「わわっ、髪ぐしゃぐしゃです」

「今日の俺はいじわるなんだよ」

意外とハロウィンってやつも、悪くないのかもしれない。

頭をいじられて無邪気な笑みをこぼす小夜を見ていると、素直にそう思えた。



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