そのときふと、視界に一筋の光が映った。

なんだろう。
床に伸びた線の先を辿っていく。

すると、わずかに開いた部屋の扉の隙間から、廊下の光が漏れているのが見えた。

(…変だな。確か閉めたはずだけど)

さらにその隙間を凝視する。
瞬間、思わずあっと声を上げそうになった。

その隙間から黒い影がこちらをのぞいているのが見えたからだ。

その影はなにやら丸い魚眼のような物を構えていた。

全身が一気に冷え切っていくのが分かった。

俺は無言で立ち上がると、つかつかと部屋の扉に向かって歩いていく。

「朱里さん?」

小夜の呼ぶ声にも振り返らずに、扉を黙って開け放つ。
そして、黒い影を見下ろした。


「……やあ」

廊下の灯りの下、床にしゃがみ込んだジライが静かに片手を上げた。
反対の手にはいまだに魚眼レンズのついたカメラが構えられたままだ。

「…何してる」

俺の問いかけに、ジライの口元が緩い笑みを刻んだ。

「…二人の記念日を、こうして写真に撮りとめておこうと思って…」

せっかくだからね…。
そう呟いて、ジライはレンズを俺に向けると、ぱしゃりとシャッターをきった。

その瞬間、なぜジライが急に俺を小夜の元へ焚きつけたのか、ようやく分かった気がした。

この変態は、単に自分の写真コレクションを増やしたいがために、わざわざ吸血鬼の衣装まで準備して、俺を小夜の部屋へ行かせたのだ。
そして自分はカメラ片手に、最高の瞬間を隠し撮りしようとしてした。

人間というのは怒りの最高潮に達すると、意外に冷静になるものなのかもしれない。

俺は素早い動きでジライからカメラを奪い取ると、片手に掲げてみせた。

「…ジライさぁ、もう何年このカメラ愛用してるんだっけ?10年?」

ジライの顔から急に笑みが消える。

「…朱里、そのカメラには僕の愛したすべてのものが詰まってるんだよ…」

「だから?」

「…可愛い朱里の写真も全部それで撮ったものなんだ…」

「で?」

「…これからだって、朱里や小夜ちゃんのあんな写真やこんな写真を…」

言葉の途中で俺の手からあっけなくカメラがこぼれ落ちた。

宙に投げ出されたカメラは地面に墜落する直前で、必死のスライディングをかましたジライによって、なんとか危機を脱した。

珍しく息を上げてカメラを抱きしめているジライに向かって、俺は言い放った。

「これからもそのカメラ使いたいなら、二度と俺をはめるような真似すんじゃねえぞ」

恨めしそうなジライに背を向け、部屋の中に一歩踏み出す。

扉を閉める瞬間、俺は背後を一瞥して付け加えた。

「――次はないからな。このド変態」

“ド”をあえて強調して、今度こそ俺は扉を完全に閉めた。



中では小夜があいかわらず不思議そうな顔で座り込んで、俺の帰りを待っていた。

俺は小さく苦笑すると、牙を外して床に投げ捨てた。
そのまま小夜の隣にあぐらをかく。

「今日は邪魔して悪かったな。俺が来るまで寝てたんだろ?」

「はい…。あっ、でも朱里さんが来て下さってすごく嬉しかったんですよ。夜一人だと淋しいので、側に誰かいて下さると落ち着くんです」

「誰か?別に俺じゃなくても良かったってことか。俺来なきゃよかったな」

「えっ?い、いいえっ!朱里さんがいいです!朱里さんじゃなきゃ嫌ですっ」

必死に俺のマントを握って訴えてくる小夜に、思わず笑いがこぼれた。

「嘘だよ。ちょっとからかってみただけだって」

頭を軽く撫でてやる。

「今日の朱里さん、いじわるです…」

頬を膨らませて俺を見上げてくる小夜の仕草が微笑ましくて、さらにからかってやりたくなった。



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