ノックを二回。
扉の向こうで人の動く気配がした。静かに扉が開かれる。
「…はい…どな、た…」
今まで眠っていたのだろう、目をこすりながら俺の姿を見上げた小夜は、口をぽかんと開けて一瞬固まった。
「…しゅ、り…さん?」
「…ああ」
こんな格好をしている自分が気恥ずかしくて、ただそれだけ答えた。
小夜は真正面からじっと大きな瞳で俺を見上げてくる。
このまま逃げ出してしまいたくなった。
こんなところまで変な格好してのこのこ来るなんて、やっぱりどうかしてたんだ。
今さらながら猛烈な後悔に襲われる。どんどん気落ちしていく自分がいた。
しばらくの間俺の姿を凝視していた小夜の顔が、ふいに明るくなった。
「ああ!そういえば今日はハロウィンですもんね!」
嬉しそうに顔の前で両手を合わせてさらに俺を見上げてくる。
「朱里さんの吸血鬼姿、素敵です…!」
直球で褒められれば、ますます羞恥は増すばかりで。
俺は内心かなり動揺しながら、練習していた決まり文句を言うため口を開いた。
「お、お菓子くれないと、いたずらするぞ…」
歯が邪魔だったが、なんとか無事口にできたようだ。
俺の言葉に、小夜が「あ!そうですね」と相槌を返して部屋の奥を振り返る。
「じゃあ、中へどうぞ。たぶん昨日のおやつが残っているはずです」
マントの端をくいと引かれて、俺はいとも簡単に小夜の部屋へ侵入を果たしたのだった。
部屋の中は真っ暗だった。
やはりついさっきまで小夜は眠っていたのだろう。
俺のマントの端をつまんだまま灯りを探して小夜がうろうろする。
「ええと…ベッドの側に確かランプが…」
ベッド側の窓からは青い月明かりが差し込み、小夜の背を照らしていた。
大きく開いた背中が透き通るほどに白くて、思わず心臓が高鳴る。
つい引き寄せられてしまう視線を無理やり引き剥がしてうつむいた。
そのときだった。
「わわっ!」
小夜の大きな声が響いて、急にマントが引っ張られた。体勢が崩れる。
小夜が転びかけているのだと理解したときには、無意識のうちに小夜の体を抱きとめてそのまま一緒に床に倒れ込んでいた。
「…ってぇ。平気か?」
ゆっくり体を起こすと、下敷きになっていた小夜がこくこく頷いた。
「ごめんなさい…朱里さんまで一緒に…」
「ほんとだよ。お前がいきなりマント引っ張るから」
「ご、ごめんなさ…」
月明かりの中、仰向けになった小夜の顔が泣きそうになる。
朱里は小さく吹き出した。
「ばぁか、嘘だよ。俺がこうしてかばってやらなかったら、お前頭打ってただろ」
小夜の後頭部から緩和材代わりにしていた腕を引き抜く。
そこでふと、小夜の視線が自分の口元に注がれているのに気付いた。
「ん?なんだよ」
「それ…」
小夜の腕がそっと伸びてくる。
細い指先が俺の口元に触れた。
心臓がどきりと脈打つ。
「これって、本物ですか…?」
どうやら俺が着けている牙のことを言っているらしい。
俺は、ああと小夜に見せるように口を開いてみせた。
「本物のわけないだろ。いつから俺は本当の吸血鬼になったんだよ」
苦笑を返すと、なぜか小夜は笑いもせず真剣な顔でじっと俺の顔を見上げてきた。
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