ジライは体を曲げてテーブルの下で何やらごそごそ動いていたかと思うと、次に体を起こしたときには手に黒い布を抱えていた。
それをテーブルの上に置く。

「何だよこれ」

何気なく持ち上げてみると、黒い布の裏地が紅色に染まっていた。黒と赤のコントラストが何とも強烈だ。

「…何だよこれ」

もう一度同じ言葉を繰り返して、俺はジライを見返す。

「…衣装だよ」

「衣装?」

「君のね」

「俺の?」

そっと布を手に取ると、ジライは立ち上がって俺のほうに近づいてきた。

「…ちょっと朱里、立ってごらん…」

仕方なく恐る恐る席を立つ。
するとジライが布を俺の肩にさっと羽織らせた。俺の体が漆黒の布に包まれる。

「…マン、ト?」

「…他のオプションは後で持ってきてあげるよ…。とりあえず、これで今夜はばっちりだね…」

緩い動作でジライが親指を立てる仕草をしたが、こいつほどこれが似合わない人間もいないと思う。

唖然としている俺と肩にかかったマントを残して、ジライはそのまま来たときと同じく無音で部屋を去っていった。


それから本当にオプションを抱えてやってきたジライは、嫌がる俺に無理やり仮装を施すと、満足したように部屋を出ていこうとした。
が急に扉の前で立ち止まる。

「…朱里…」

「なんだよ」

歯につけられた作り物の牙のせいで喋りにくいことこの上なかったが、なんとか言葉を返す。

「…ハロウィンの日に言う決まり文句…当然知ってるよね…?」

決まり文句?そんなもの記憶にはなかった。

俺が素直に首をかしげると、ジライはやれやれといった風に肩をすくませて言った。

「――TRICK OR TREAT。お菓子くれなきゃいたずらするぞ…だよ…」



――という経緯で今に至る。

一方的に仮装をさせられ、結果俺はこんなところに立っているというわけだ。
しかもなぜか、かなり本格的な吸血鬼の格好で。

窓に映った俺は情けないくらいにしょぼくれている。

ジライに無理やり仮装させられたところまではまだいい。
だが、どうして俺は奴の口車にまんまと乗って、本当にここまで来てしまったのだろうか。
自分で自分に正気かお前、と尋ねたい。

――ああ、正気だとも。
突然、窓に映った俺がそう返事をした。

俺は今夜、本気であいつの元に夜這いに来たのさ。
でなけりゃ、わざわざここまで来たりしないだろ。

俺を見返してくるその目が、一瞬笑った気がした。

首を振ってもう一度窓を見ると、笑いを浮かべた自分の顔はもうなかった。
見間違いに違いない。絶対そうだ。

俺がそんなことをしにわざわざ来るわけがない。
必死で自分に言い聞かせる。

――じゃあ、どうしてここまで来たんだよ?

頭にささやきかけてくる問いには耳を固く閉ざして。

油断するとため息が漏れそうになるのをなんとか抑えて、俺はもう一度呪文を復唱した。

「お菓子くれなきゃいたずらするぞ――」

あいかわらず歯が邪魔で喋りにくい。



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