街の中心地、今ではすっかりどの店も閉じられた静かな通りに小夜はいた。
「確かこの辺りで旅の買い物をいろいろしていて…」
地面をのぞきこむように前かがみで歩く小夜の姿に、家路へと帰る人の目が物珍しそうに注がれている。
ただ誰も小夜に声をかけようとはしない。
もう時刻も時刻だ。
宵闇がせまり、先ほどよりも明らかに周りは薄暗い幕に覆われている。
「そう、ここでおまんじゅうを買ったときにはまだ、ネックレスはあったんですよ!」
探し物をするには難しい状況の中にあっても、小夜の足が止まることは決してなかった。
新たに可能性のある場所を求めて、小夜は闇に覆われる寸前の街を走り去っていった。
同じ頃、一人宿の部屋に戻った朱里は、荷物を床に投げ捨てベッドにうつぶせに倒れ込んでいた。
枕に顔を押しつけつつ、重いため息をひとつ。
「はぁー…」
ちらとすぐ横の窓を見上げれば、その向こうには紺青の空がのぞいている。
程なくすれば完全に、街は漆黒の闇に飲み込まれるだろう。
「はぁー…」
さらにもう一つため息。
そのまま口許を枕に埋めたまま、朱里は怒ったように宙を睨みつけた。
部屋に沈黙の幕が落ちる。
「…………」
じっと体をベッドにうつぶせた状態で、朱里はもう一度右手の窓のほうに目だけを向けた。
もちろん、空は先ほどと同じく濃い紺色で、微塵の変化もない。
そのまま目を部屋の中に戻して、再び身動き一つせず何もない宙を睨む朱里。
しばらくその状態が続いたが、あるとき突然その体ががばっと起こされた。
「ああ、もうっ」
ベッドから下りた朱里は、コートを掴むと乱暴に足音を立てて出口へと向かう。
「あんの馬鹿!!いつまで探してるつもりだよ!」
怒りも露に眉間にしわを寄せ、バタンと大きな音を立てて朱里はそのまま部屋を出ていった。
朱里が部屋に戻ってきてから、たった5分の間の事であった。
「うぅー、ここにもないです…」
すっかり闇に包まれた通りから小夜の声が聞こえる。
わずかばかりの光を灯す一本の街灯の下、その姿は地面にうずくまって何やら動いているようだった。
「でも、別の場所はもう探しましたし…もう後はここしか」
地面についた膝で前に進んだり後ずさったりを繰り返しながら、小夜は手の平で土の上をすって探している。
街灯があると言っても、やはり地面は暗く視界も狭い。
今や、手の平の感覚だけが頼りだった。
「どこに行ったんですか、私のネックレス…」
朱里さんにもらった唯一の物なのに、と胸元に手を当てると、その胸の辺りがきゅうっと締めつけられる思いがした。
恥ずかしそうに手渡してくれた花びらのネックレス。
離れていたときも、私に朱里さんとのつながりを感じさせてくれた、かけがえのない物なのに。
もう見つからないのだろうかと思うと、目の奥が熱くなって視界が歪む。
地面についた手にぎゅうっと力を入れて、小夜が溢れそうな涙を固く目をつむって我慢したときだった。
「おい、小夜っ!」
こちらに走ってくる一つの影が、揺れる視界に映った。