思わず返す言葉に詰まった。
そうかとも、いや駄目だと否定することもできなかった。
「…ごめんね。お兄さんに宝を守ってもらうって約束してたのに、こんなにあっさり諦めちゃって。…ごめんね」
徐々に小さくなるチカの声に、ただ朱里は首を振って応えた。
謝る必要なんてない。
なぜなら本当に謝罪すべきは自分のほうだからだ。
子どもたちを、小夜を守りきれなかった自分が一番悪いのだ。
この街がどんな場所であるか身をもって知っていたのに、考えが甘くなっていた。
子どもたちと毎日を過ごすうちに、ここが穏やかで平和なところだという錯覚に陥っていた。
「…ごめん」
朱里の口からこぼれた言葉に、チカが哀しげに目を細めた。
「謝らないで。こんな思いさせちゃうくらいなら、やっぱりお兄さんたちには早くこの街を出ていってもらえばよかった…。引き止めちゃってごめんね」
もう僕たちは大丈夫だから。
小さく微笑むその表情は、どこか危うい儚さを帯びていて、朱里は強く首を振っていた。
「俺はまだここにいるよ。しなきゃいけねえことがあるから」
「しなきゃ、いけないこと?」
ああ、と相槌を打って、朱里は不思議そうに自分を見上げてくるチカの頭を無造作に撫でてやった。
大切なものを二度と失わないために、俺ができること。
答えはもう昨夜のうちにはっきりしていた。
乱れた髪の毛を直すチカに笑みを向けて、朱里は身を翻す。
「俺これからちょっと出てくるけど、あいつらのこと頼むな。リーダー」
軽く手を挙げてみせてから、朱里は調理場を後にした。
背中に感じるチカの視線には気付かないふりをして。
食堂を抜け、再び子どもたちの集まる大広間へ戻る。
先ほど出ていったときと寸分も変わらぬ体勢でぼんやり座っている子どもたちの中で、ただ一人小夜だけが一人ひとりの怪我の手当てをしてやっているところだった。
「あ、朱里さん」
幾分元気も取り戻したようだ。
その口元にうっすらと微笑みが浮かぶ。
昨夜の虚ろな状態から抜け出したらしい小夜に、朱里はほっと胸を撫で下ろした。
「小夜、悪いんだけど」
クロウの腕の包帯を巻き直そうしていた小夜の元に歩み寄る。
小夜は膝立ちの体勢のまま朱里を見上げてきた。
「ちょっと俺用事があるから外に出てくる。その間ここのこと、任せていいか?」
途端に小夜の顔が強張るのが分かった。
やはりこの場所にいるのは怖いのだろうか。
なんと言って励ませばいいのか考えあぐねていると、小夜が先に口を開いた。
「お戻りはいつになられるんですか?」
「結構かかるかもしれない。でも今日中には戻る」
朱里を見上げる小夜の顔が急に、怒っているような悲しんでいるような不思議なものに変わった。
「町のほうへ行かれるんですね」
心臓がどきりと脈を打った。
小夜は視線を朱里から逸らさない。
どうしてこんなときばかりこいつは鋭いのだろう。
いつもは鈍すぎるくらいなのに、こっちが気付いてほしくないことだけはいつも言い当てる。
「……仕返し、しに行くの?」
ぽつりと呟く声がした。
小夜ではない。小夜の隣でぼんやりしているとばかり思っていたクロウが、いつの間にか朱里を見上げていた。
「兄ちゃん、あいつらに仕返ししに行くの?」
静かな部屋の中、妙にクロウの声が響く。
他の子どもたちも気付けば朱里に注目していた。
「違う、そうじゃない」
小夜とクロウから視線を外して首を振る。
「ただ話がしたいんだ」
嘘ではなかった。
端っから殴りかかろうと考えているわけではない。
「ちょっと話したら戻ってくるよ」
結果的に拳を振るったとしても、それは当初の目的ではない。仕方のない事態のときだけだ。
だからこの言葉は嘘じゃない。
そう自分に言い聞かせる。
ふいに体の横で握った拳に温かいものが触れた。
見下ろせば、小夜がそっと朱里の拳を両手で包んでこちらを見ていた。
「…約束、してくれますか」
「約束?」
うなずいて朱里の拳を握る手に力が込められる。
「この手は絶対使わないって。どんなことがあっても力に訴えることはしないって、約束してくれますか」
「…………」
思わず押し黙ってしまった。
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