地下の階段を下り扉をくぐると、地上で起こったことが嘘のように、いつもどおりの大広間が朱里たちを出迎えてくれた。

緊張で強張っていた子どもたちの顔つきが若干緩まる。

「とりあえず今日はここで雨をしのごう。食料もあるし貯水もあるから、食事も問題ないよ」

リーダーらしく健気にチカが子どもたちに笑ってみせる。

雨が降り出したのは、それから幾ばくも経たない頃だった。




雨音は地下までは聞こえてこない。

それでも雨の日特有の湿った空気は、朱里たちのいる大広間まで流れ込んでくるようだった。


各々適当に腰を落ち着けてはいるものの、特に何かをするというわけでもない。

言葉を交わす者もほとんどいない。
チカ一人を除いては。


「みんな寒くはない?寒かったら毛布があるからね。風邪ひいちゃいけないから我慢せずに言うんだよ」

先ほどからチカはずっとせわしなく動きっぱなしだった。

奥の部屋から人数分の毛布を取ってきたかと思えば、再び部屋を出ていこうとする。

「あっ、チカくん。私も何かお手伝いを…」

小夜が呼びかけたが、チカは笑って首を横に振った。

「ううん、お姉さんはそこで皆とくつろいでて。僕が温かいミルクを持ってくるから」

そのままチカの小さな背中は扉の向こうへ消えた。

哀しげにうつむく小夜の頭を軽く撫でてやると、朱里は立ち上がった。

「…朱里さん?どこへ行かれるのですか?」

「ん。ちょっとな」

安心させるよう微笑むと、朱里はチカを追って部屋を出た。


食堂を抜け、調理場へと向かう。

チカの後ろ姿を流し場に見つけて、朱里は静かにそこへ歩み寄った。


「…お兄さん」

「よう。俺も手伝うよ」

チカの横に並び、横顔だけで笑ってみせる。

側でチカが戸惑うような気配が伝わってきた。

「僕だけで大丈夫なのに」

「まあそう言うなって。二人で準備したほうが早いだろ。それとも…一人になりたかったのか?」

朱里の最後の言葉にチカの横顔がぐっと強張った。

カップを用意していた手が止まる。

「…お兄さんはさ、もう知ってるんでしょ」

ぼそり、と呟くようにチカが声を発した。

「何を?」

「…今回のこと。こんなことになったのは全部、あの人がそう仕向けたせいだって」

苦々しげにチカの顔が歪んだ。

朱里は昨日酒場で男たちが話していた会話の内容を思い返した。

“何もあれだけの人数で行くほどのことはなかったよな。アンナ様もなかなか用心深いというか…”

全てはアンナ、チカの母親によって命じられたことだというのは明白だった。

チカの母親のせいでアオは死んだ。それが事実だった。

「…みんなも知ってるはずだよ。すべての元凶は僕の母親にある。正しくは、あの人に遺跡の場所を隠し続けてる僕にあるんだ」

「チカ、それは…」

「あの人に遺跡の場所さえ教えてればこんなことにはならなかった。そうでしょう?」

朱里に横顔を向けたまま、チカは自問するようにそう告げた。


「僕が本当に守らなきゃいけなかったのは、死んだ父さんとの大切な思い出じゃない。今を生きてる皆だったのに…。どうして気付けなかったんだろう…」

どんなに後悔してももう元には戻らない。

その歯痒さからか、チカは歯を食いしばって自分の拳をじっと見つめていた。

チカもまさか予想しなかっただろう。

実の母親が本気で、自分の居場所を奪いとるような真似をしようとは。

朱里がチカの小さな頭を黙って見つめていると、ふいに顔がこちらに向けられた。

意志の強そうな瞳が朱里の目に留まる。

何かを決意した者の目だ。そう感じた。

「お兄さん、僕ね…」

視線を逸らすことなく、チカは次に続く言葉を紡ぐ。


「遺跡の場所をあの人に教えようと思う」



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