第7章

守りたいもの





うっすら目を開くと、白いベールに覆われたように霞みがかった淡い景色が視界に映った。

一瞬ぎょっとして、まだ夢の中にいるのかと瞼をこする。

そこで肩に預けられた温かな重みに気付いた。

首を横に向けると、あどけない表情で小夜が眠っていた。

自分は今、小夜と共に樹に背を預けて眠っていたらしい。

(…ああ、そっか)

昨日の出来事が蘇ってきて、朱里は小さく息を吐いた。

周りを見渡せば、薪の火を囲うように子どもたちも横になっている。

本当は自分が寝ずに炎の番をするつもりだったのだが、我知らず眠ってしまったらしい。
ずいぶん薪の炎が小さくなっている。

小夜を起こさないようそっとその頭を樹に預け直すと、朱里は周囲に落ちている枝を拾って炎に投げ入れた。

さすがに朝は冷える。
コートの襟を掻き寄せて激しく燃える薪の前に腰を下ろした。

森の中は子どもたちや小夜の寝息も聞こえないほど静まり返っていた。

何気なく空を見上げれば、靄にかすむ木々の葉の隙間から灰色の空が見えた。

(ひと雨きそうだな)

くんと鼻を鳴らすと、空気がわずかな湿り気を帯びているのが分かる。

いくら森の中だからといって、ここでは雨を完全に凌げない。
長居はできないようだ。

「起こすしかないか」

一人呟いて立ち上がったときだった。


「どこ行くの…?」

子どもの声が聞こえた。

見れば薪を挟んだ向こう側で、クロウが半身を起こして不安げに朱里の顔を見上げていた。

「どこも行かねえよ。雨が降りそうだからお前ら起こそうと思ってさ」

「雨?」

まだ半分頭は眠っているのか、クロウはごしごしとまぶたをこすると空を見上げた。

「一旦、どこか屋根のある場所に移ったほうがいい。クロウ、皆起こすの手伝ってくれるか」

朱里が笑ってみせると、クロウは頭をコクコク頷かせてさっそく子どもたちを起こしにかかった。

それを確かめて、朱里は背後で眠る小夜を振り返る。


昨夜と変わらず小夜の顔にはアザが克明に浮かんでいる。

触ったら痛いかな、と思いつつも朱里はそっと頬に指を当てた。

このアザが消えるのに後どれくらいかかるだろう。

小夜は女だ。
顔にこんなものを作って気にならないわけがない。

指を額に移動させる。

そこにはうっすらと傷痕が残っていた。
朱里をかばったとき負った傷だ。

(…もう絶対傷つけないって、あのとき誓ったはずだったのにな)

自分のあまりのふがいなさに嫌気がさしてくる。

俺はこの旅で何度こいつを傷つけてきただろう。

ふいに後悔の念に襲われて、朱里は我知らず眉を寄せていた。


本当にこいつを俺の旅に巻き込んでよかったんだろうか。

マーレンの城にいれば、小夜はこんなに傷つかなくて済んだはずなのに。

朱里の指が顔に触れているのに気付いたのか、小夜がうっすらとまぶたを開いた。
瞳が朱里を捉える。

「あ…おはようございます」

笑って応えようとしたが上手くいかなかった。

変な顔になってしまったのだろう、小夜が不思議そうに首をかしげた。

「雨が降りそうなんだ。どこかへ移動することになると思う」

「雨?」

先ほどのクロウと同じように空を仰ぐ小夜に頷いて、朱里は立ち上がった。

子どもたちは全員目を覚ましたようだ。
不安そうな顔が各々朱里に向けられている。

朱里は全員の顔を順ぐりに見た。

「クロウから聞いただろうが、雨が降りそうなんだ。どこか屋根のある場所に避難したいんだが」

朱里に続けるようにチカが口を開いた。

「一旦、家に戻るしかないね。地下はまだ無事のはずだから」

子どもたちの顔が曇る。

あそこに戻るのか。
どの顔もそう告げていた。

「平気だよ。地下の存在はまだばれてない。出入りを見られさえしなければ、あそこで暮らせる」

言いつつもチカがわずかに顔を歪めたのを、朱里は見逃さなかった。

無理もない。
誰だってあんなことがあった場所に戻りたいわけがない。

それでも今は戻るしかないのだ。

チカの心中を察したのか、誰一人として首を横に振る者はいなかった。

朱里たちは皆押し黙ったまま、我が家へと続く森の小路を歩き始めた。



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