子どもたちが寝静まった後朱里がふと薪から目を離すと、背後の巨木に小夜が背を預けて座っていた。
やはりその視線の先は曖昧にぼやけていて辿れない。
朱里が隣に腰を下ろしても、小夜はぼんやりと宙を見つめたまま何の反応も返してこなかった。
目の下にできたアザは徐々に腫れてきているらしく、わずかに頬を隆起させている。
朱里は躊躇いながら、そっとその頬に指を当ててみた。
「…ここ、平気か?…ってそんなわけないよな。痛いだろ」
朱里の言葉に小夜が小さく首を振った。
肩に流れた髪の毛がさらと揺れる。
「…いいえ。こんなの子どもたちに比べたら…」
言葉が止まって、小夜がぐっと唇を噛むのが分かった。
「私、もっと何かできたんじゃないでしょうか…。私がもっと体を張って、もっともっと頑張っていたら、こんなことにはならなかったんじゃ…。アオくんだって…っ」
「やめろよ。そういうこと言うな」
「だって…!」
ようやく朱里に向けられた顔は、今にも泣きそうなくらいくしゃくしゃに歪められていた。
炎を受けて涙のたまった瞳が光を反射している。
「だって朱里さんっ、私何もできなかったんです…!皆がっ、アオくんが傷つけられていくのをただ見ているだけで、本当に何も…何にも力になれなかった…!どうして私は…どうしてこんなに無力なんですか…?大事なものを守りたいのに…もう絶対失くしたくなかったのに…」
悲痛な叫びは、最後には掻き消えそうなほど小さくなった。
小夜は再び視線を下ろし肩を震わせてうなだれた。
スカートの膝に雫がぽたぽたと落ちる。
「…泣くなよ。俺だって、お前以上に何もできなかった…。お前はよくやってくれたってあいつら言ってたぞ。自分たちをかばっていっぱい殴られたって」
小夜は無言で首だけ力なく振った。
「…顔だけじゃないんだろ。見せてみろよ」
うつむいたままの小夜の腕をそっと取ると、朱里は袖をまくって細い二の腕を炎の下に露わにした。
陶器のような白い肌に浮かんでいるのは、禍々しいまでに青黒く変色したアザや擦り傷だった。
続けて朱里は足に手を伸ばす。
地面に投げ出された華奢な足にも、腕と同じような傷が幾つも見受けられた。
腿にはかなり大きなアザが浮かび上がっている。
おそらくこれ以外の見えない部分にも無数の傷があるに違いなかった。
本人が口に出さないだけで、体中に残る痛みは相当なものだろう。
あまりに酷い状態の小夜を目の当たりにして、朱里は思わず唇を強く噛み締めていた。
非力な小夜をここまでいたぶった男たちが憎くもあり、そんなときのんきに宝探しをしていた自分が腹立たしくもあった。
「…頑張ったんだな。痛かったろ…」
そっと頬に手を当てると、小夜がいやいやをするように朱里の胸を押し返してきた。
「…だめ、です。優しくしちゃだめですよ…。私、また泣いてしまっ…」
言葉の途中で、ついに抑えきれなくなった涙の粒が小夜の目の端から零れ落ちる。
抑えを失って溢れ出した涙はぽろぽろと頬を伝い始めた。
「だっ、だから言ったのに…」
しゃくり上げながら言う小夜の体をそっと胸に抱き寄せて、朱里は固く目を閉じた。
「…ごめんな。今度は俺が頑張るから――」
自分たちの家を守ろうとして命を落としたアオ。
子どもたちを守るため傷だらけになってまで抗おうとした小夜。
なら、俺は?
大切なものを二度と失わないために、俺には何ができる?
答えはもう、一つしかない。