「――何これ」

チカの問いに対する答えを朱里は持っていない。

地上に這い出た二人を待っていたのは、無惨にも壊れ果てた廃屋の姿だった。

もはや家の原型はとどめていない。
元は壁だったはずの木材や、窓の役割を果たしていたガラスの破片などが散らばっているだけだ。

「何これ…」

もう一度同じ言葉を呟きながら、チカが一歩前に踏み出した。
地面を踏んだ拍子にガラスがばきと嫌な音を立てて砕ける。

体をふらふら揺らして歩くチカの背中を追いかけながら、朱里は自分に問いかけた。

(一体何があった?俺たちのいない間に何が起こったんだ?)

脳裏を小夜と子どもたちの姿がよぎる。

(あいつらはどこに…)

視線を周囲に巡らせたときだった。
焦点がある一点で動きを止めた。

じっとそこに目を凝らす。

茜色に染まった地面に何かが…いや、誰かが倒れていた。

朱里はとっさに駆け出していた。
チカがぼんやりと朱里を見てきたが、それにもかまわず足を速める。

足場の悪い瓦礫の山を抜けると、そこにはいつもどおりの静かで寂れた通りが夕日の下に佇んでいた。

ただ一つの違いを除いては。


「…小夜!」

名を叫んで側に駆け寄る。

地面に倒れ伏したその体を抱き起こすと、固く目を閉じた小夜の顔が露わになった。


「…っお前…」

言葉が続かなかった。

一瞬自分の目に映るものが信じられなくて、思わず手の甲で目元をこすりつけたが、視界の先にある小夜の変わり果てた姿はまったく変わらなかった。

よく見れば地面に倒れているのは小夜だけではない。

少し先にはアオの小さな体が横たわり、その向こうにはナギとフウが隣り合うように倒れている。
首を巡らせると、違う場所にはクロウとキースの姿も見えた。

全員が全員気を失って身動きもしない状態だ。

「一体…一体何があったんだよ…!!」

思わず顔を歪めて気絶した小夜に叫んでしまった。

閉じたまぶたを縁取る長い睫毛がわずかに震えた気がしたが、小夜が意識を取り戻したわけではなかった。

朱里は指先で小夜の頬をそっと撫でた。

普段はつるりとした白く滑らかな頬に、今は痛々しいほどの青あざが浮かんでいた。
口内を切ったのか、唇の端には渇いた血がこびりついている。

顔も髪も体も全身アザと土埃だらけになっている小夜を目の当たりにして、朱里はたまらずその華奢な体を自分の胸に掻き抱いた。

あれほど守ってみせると心に決めたはずなのに…!

ちょうどそのとき背後で砂利を踏みしめる音が響いて、朱里の思考は中断された。

振り返ると、呆然と周囲を見渡すチカが夕日を背に立っていた。

「…どうして…」

チカからそれ以上の言葉は続かない。
帽子の影になってその表情はよく見えなかった。

互いが言葉を失い重い沈黙が幕を下ろそうとしたときだった。


朱里の腕の中で小夜の体がもぞと動いた。

「小夜…?」

思わず覗き込むように顔を寄せると、ようやく小夜のまぶたが静かに開かれた。

小夜は焦点の合わない瞳を朱里の前で逡巡させるように揺らしていたが、朱里が再度名を呼ぶと瞬きをして顔を見返してきた。

「…朱里、さん…?」

無言で頷いてみせる。
小夜の目が大きく見開かれるのが分かった。

小夜は朱里の服を両手でぎゅうっと掴むと、今にも泣きそうな顔を寄せてきた。

「朱里、さん…朱里さんっ…」

朱里が確かにそこにいるのだと確かめるように何度も何度も繰り返し名前を呼ぶ。

朱里はそれに応えるように小夜の小さな拳を握ってやった。

朱里の後ろではチカも子どもたちを起こすのに翻弄しているようだった。
クロウとキースの側に膝を折るチカの後ろ姿が見える。


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