十人を超える大の男たちと対峙するのは、まだ年端もいかない五人の子どもたちと一人の少女。
言ってしまえば、初めから結果の見えきっている争いだった。
がむしゃらにしがみ付いて止めようとする子どもたちを、男たちは小蝿でも追い払うかのように無造作に払いのけると、いらないものの”排除”に取り組み始めた。
廃屋の壁は元々荒廃が酷かっただけに、いとも簡単に男たちの振り下ろす刃に叩き壊され、少しずつその内部を晒していく。
無惨に開いた穴の向こう側は、子どもたちだけの聖域のはずだった。
それが今や呆気なく打ち砕かれようとしている。
あの穴の奥にあるのは、子どもたちの希望だ。
未来への夢や思いが、あそこにはたくさん詰まっている。
絶対に中に入らせるわけにはいかない――。
その思いが頭を駆け巡って、小夜は男の腕に半ば飛びつくようにしがみ付いた。
男は面倒臭そうに腕を振って小夜を払おうとしていたが、全く退く意志がないと察したのか苛立ったように小夜を睨みつけてきた。
「どけ!殴られたいのか!」
今にも拳を振り上げそうな形相だ。
だが小夜は少しも臆することなく言い放った。
「ここから出ていってください!そうすればすぐにでも離れますっ」
その意志の固さを証明するためか、さらに男の腕を力いっぱい胸に抱き込む。
男からそれ以上の言葉はなかった。
小夜が顔を上げたときには、視界いっぱいに男の拳が迫ってきていた。
声を発する暇もなく、気付けば小夜の体は宙を浮いていた。
そのまま叩きつけられるように肩から地面に落ちる。
その衝撃も凄まじかったが、それ以上に小夜を襲ったのは驚愕の念だった。
何が起きたのか分からぬまま、小夜は頭上を見上げた。
小夜に影を落とすように佇んでいたのは、先ほどまで小夜に腕を掴まれていた男だ。
男は逆光の中、小夜を見下ろして笑っていた。
目は見開かれているのに、口元にだけ笑みを張り付かせたぞっとするほどおぞましい表情で。
地面に倒れこんだまま唖然とする小夜の上に馬乗りになると、男はさらに口の端をにいっと持ち上げて笑った。
「…知らなかったな。女を殴るのがこんなに気持ちのいいことだったなんて」
え、と問い返す前に、小夜は頬に衝撃を受けて再度地面に倒れ伏した。
頬に電流でも受けたかのような痛みが疾った。
受身もとれず伏せたままの小夜に続けて男の拳が降り注ぎ、顔や体中に鈍い痛みが襲いかかる。
「…っ…う」
抵抗することもできず、ただ丸まって身を固める小夜に対し、男の暴力は容赦ない。
何か聞き取れない言葉を喚きつつ、小夜に自分の拳をぶつけてくる。
目を固く閉じて、小夜は嵐がやむのをひたすら待つしかなかった。
先ほどまで聞こえていた子どもたちの声が聞こえないことに気付いてうっすら瞼を開いたのは、それからどれくらい経ってのことだろうか。
ぼんやりとかすむ視界に、自分と同じように地面にうずくまる子どもたちの姿が見えた。
ナギとフウは隣り合うように倒れ込んで呻いている。
それより小夜に近い位置で倒れていたアオは、なんとか起き上がろうと膝を地面についたところだった。
「…ぼく、らの家…」
顔は真っ直ぐと家のほう、今はもう見る影もないほど崩れ落ちてしまった廃屋に向けられていた。
背後から一人の男が近づいてきていることに、果たしてアオは気付けただろうか。
男は持っていた木の棒を、無防備な小さい頭に向かって容赦なく横に薙いだ。
嫌な音が聞こえた気が、した。
糸を切られた操り人形のようにアオの体が地面に崩折れるのを、小夜は霞む視界に捉えた。
そのままアオは動かなくなる。
ただ唯一クロウだけが、倒れたキースの傍らで懸命に大人たちに対抗しようとしていたが、数人の男たちに囲まれてその姿も呆気なく掻き消えた。
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