「領主様も以前からここの酷さにはずいぶん嘆かれてた。どうにかできないもんかってさ。その領主様の気持ちを慮って、奥方であるアンナ様がある日俺たちに提案してくださったんだ」

そこで男はおもむろに一呼吸おいて小夜を見た。

「提案?」

小夜が尋ねると、大きく頷いてみせる。

「ああ。それはそれは素敵な提案さ。アンナ様はこうおっしゃったんだ。領主様が仕事で長く街をあけている今の間に、この街を完全に綺麗な形に整えよう。いらないもの、汚らしいものは全て排除して、綺麗なものだけが存在する素晴らしい街に皆で変えてみせようってな。だからこれから俺たちがする行為は、全部この街のためなんだよ」

あまりの言葉に驚いて声も出ない小夜に、男は「分かったらどきな」と手で追い払う仕草をして再び道具を構えた。

小夜は呆然と前に立つ男たちを見上げる。


いらないもの?
汚らしいもの?

この人たちは本当に、この場所をそう思っているの?

だってここは、子どもたちの家なのに。

たった一つの子どもたちの居場所なのに。


それを排除すると言うの――?



「だめぇえ――!!」

突如響いた甲高い叫び声に、霞んでいた小夜の意識ははっきりと像を結んだ。

男たちに囲まれているせいでその向こうはまったく見えないが、誰の声なのかはすぐに分かった。

もうアオたちが戻ってきてしまったのだ。

「アオく…」

言いかけた小夜の肩がいきなり無遠慮に掴まれ、小夜は投げ出されるような形で男たちの輪から突き飛ばされた。
突然のことに肩から地面に倒れ込む。

そんな小夜と入れ違いに、小さな影が男たちの中に割って入っていったのを、小夜は確かに捉えた。

「アオくんっ!」

痛む肩を抑えつつ立ち上がれば、背後から再び二つの影が男たちの巨体へと飛び込んでいくところだった。
ナギとフウだ。

「やめてよ!僕らの家を壊さないでっ!」

アオの声が響き、それに続くようにナギの叫びも響く。

「あたしたちの家から出てきなさいよっ!」

おそらく先ほどの小夜のように、自分たちの家の前に立ちはだかって守ろうとしているに違いない。

だが。

「うるせえ!汚えガキが喚くんじゃねえ!」

子どもたちの必死な攻防も虚しく、男たちの振り下ろした刃が窓ガラスを叩き砕く音が周囲に響いた。

それに続くように、たくさんの鍬や棒が空を描いて廃屋の壁や扉に叩きつけられていく。

「やめ…」

駆け出そうとする小夜の隣に立ち尽くして、キースがぽつりと呟いた。

「…僕らには居場所なんてどこにもないんだ…」

虚ろな瞳を大人たちの背中に向けたまま、キースはアオたちのように抗うこともせずただ目前の事態を傍観していた。

その瞳にはもう夢や希望なんて微塵もない。あるのはひたすらに絶望と諦めばかりだ。

キースが今まで大人たちからどんな理不尽な目に遭ってきたのかを思うと、小夜はたまらなくなった。

キースだけではない。
この廃屋に暮らす子どもたちは皆、理由のない暴力に今までずっと虐げられてきたのだ。

「だけど、ここは皆さんの大事なお家です。私はそれを守りたい…皆が笑って暮らせる場所を守りたいんです!」

小夜の言葉がキースの瞳に光を戻すことはなかった。

それでも小夜はキースに強い視線を投げかけると、そのままアオたちの元へ駆け出していった。

残されたキースはぼんやりと小夜の後ろ姿を眺めている。

「…どうせ、いくら頑張っても…」


「無駄なんかじゃない」

キースの言葉を継いだのは、今までずっとうなだれていたクロウだった。

目を丸くして振り返るキースの視界に、自分をじっと見つめてくる漆黒の瞳が飛び込んできた。

「全然無駄なんかじゃないよ。ここは俺たちの家だ。それを守ろうとするのは当然のことだろ」

クロウは立ち上がると、廃屋を見上げた。

「俺はもう二度と自分の家がなくなるなんて嫌だ。今度こそ自分の家を守りたいんだ」

「だけど…」

戸惑うように男たちに視線を寄せるキースに、クロウは言い放った。

「キースは平気なのかよ?この場所がなくなっちゃってもかまわないのかよ」

今までどこに隠していたのかというほど強い意志を秘めたクロウの瞳に、キースは思わず視線を泳がせた。

言葉を返せないでいると、いきなりクロウの手がキースの手を掴んできた。

「俺たちも行こう。姉ちゃんが言ってただろ?大事な家を守らなきゃ!」

無意識のうちに首を上下に振ってしまったのは、キースの本心からだろうか。

自分の手を引いて駆け出したクロウに従って、キースは自らの足で大人たちの壁に向かっていったのだった。


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