「…っクロウくん!キースくん!」

慌てて駆け寄り二人を助け起こす。
転び方は激しかったものの、幸いどちらにも怪我はないようだった。

クロウは歯を食いしばって大人たちを振り返ると、再び立ち上がってその背中に掴みかかろうとした。

「やめろ!俺たちの家にさわるな!どっか行け!」

だが伸ばした腕は何も掴めないまま、突き出された大人の手によって弾かれる。

「クロウ!大丈夫か…?」

尻餅をついてうな垂れるクロウの側にキースがしゃがみ込む。

小夜も同じようにして、そっとクロウの背に手を当てた。

「…してだよ。どうしてみんな、俺たちのこと放っといてくれないんだよ…」

搾り出されるようにして発されたクロウの言葉。

悔しさに歪められた口元は小さく震えていた。

そんなクロウを悲しげに見つめていたキースの瞳が、何もかも全てを諦めたようにぼんやりと大人たちの後ろ姿を見上げる。

「…仕方ないよ。だって俺たち、いつもこうだろ…」

薄茶色の細い目には、今大人たちが各々の道具を廃屋に向かって振り上げている光景が確かに映っているのだろう。

自分たちの家が壊されんとする瞬間を、ただ見守ることしか方法はない。
その目はそう告げていた。

「…っそんなのおかしいです!」

突如叫んで立ち上がった小夜に対しても、キースはぼんやりと曇った視線を向けるだけだった。

「…姉ちゃん?」

「おかしいです…変ですよ、こんなの!こんなこと、誰かの大切な場所を奪おうとするなんて、そんな権利誰にもあるはずありません!」

小夜はキースから大人たちに目を移すと、そのまま廃屋の前へ駆けていった。

大人たちの間を割るように家の前へ進み出ると、両手を伸ばして視線を正面に注ぐ。

「この子たちの大切な家を傷つけるのはやめてください!ここがなくなってしまったら、この子たちの帰る場所がなくなってしまいますっ!」

子どもたちの笑顔が溢れる温かい場所。

「ただいま」が言える唯一のかけがえのない場所。

それが奪われるのを仕方ないと諦めて眺めているだけなんて、自分は絶対に嫌だ。


小夜は一度失ったものがもう二度と戻ってこないことを、身をもって知っていた。

全てを失った後で泣いて後悔してももう遅い。

どれだけ悲しんで絶望しても、決して元には戻らないのだから。

そう、あの故郷や父のように。


「皆さんにも帰る家があるように、この子たちにとってもここが帰る家なんです。家族と一緒にご飯を食べて、一緒にたくさん笑って、一緒に幸せな時間を共有できる大切な場所なんです。だからどうか、それを奪おうとするのはやめてください!」

伝わってほしいと、一人ひとりの目を見つめながら小夜は懇願した。

きっと分かるはずだ。
誰もがかけがえのない居場所というものを持っているはずなのだから。

だが一人の男と目が合った瞬間、小夜の思いはいとも簡単に砕け散った。


その男は嘲るような歪んだ笑みを髭面の口元に張りつけて、小夜を見下ろしてきた。

小夜はこの男の顔を覚えている。
朱里に幾度となく近づいてきた男だ。

その度に朱里は傷ついた顔をしていた。

「あのなあ、俺たちも理由なくこんな辺鄙なとこまで出向いてるわけじゃねえんだよ。俺たちだって仕事がある。暇じゃねえんだ。それをわざわざここまで来てるってのは、全部この街のためなんだよ」

男はそう言うと、わざとらしく周囲を見回す仕草をしてみせた。

「この辺りを見てみろ。酷いもんだ。家なんて朽ち果てて今にも崩れそうな有り様じゃねえか。はっきり言って目障りなんだよ、ここは。せっかく街の金はたいて中心を綺麗に整えても、こんな汚い場所があるんじゃ全部無意味なことに思えちまう」

男が同意を求めるように背後を振り返ると、男たちは各々頷いて肯定を表した。

それを認めると、男は満足したように言葉を続ける。


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