***



上のほうで派手な物音が響いた気がして、朱里は天井の岩肌を見上げた。

「なんか今聞こえなかったか?」

隣を歩くチカが首を傾げる。

「きっとまたクロウやキースが一階で騒いでるんだよ。後で叱りつけてやらなきゃ」


二人は今、元来た道を戻っているところだった。

再びロウソクの光に揺らめく通路を歩く朱里の手には、小さな一つの髪留めが握られている。

それは今回唯一彼が手に入れた宝物だった。


「本当に宝物を持って帰らなくていいの?」と心配げに尋ねるチカに、朱里は近くにあった髪留めを手に取り、「じゃあ、これだけもらっとくわ」と笑ってそれを懐に収めたのだった。


髪留めを頭上に掲げ、炎にすかして眺めながら朱里は小夜の顔を思い浮かべた。

(あいつ、これ渡したらどんな顔するかな)

想像しただけでなぜか胸の奥が落ち着きなく弾むのを感じる。

それがひどく心地よくて、つい髪留めに見入ってしまう。

「そんなに気に入ってくれたんなら、僕も父さんも嬉しいよ」

側でチカが苦笑するのが見えて、朱里は慌てて髪留めを懐にしまった。

そうだった。隣にこいつがいたんだっけ。

「お姉さん、喜んでくれるといいね」

柔らかく微笑むチカに素直に返事ができるわけもなく、朱里はうつむいて妙な気恥ずかしさが引くのをただ待つばかりだった。


***



周囲に漂う異変にいち早く気付いたのは、先頭を歩いていたクロウとキースだった。


ゆったりとした足取りで森の小路を進んでいた子どもたちと小夜は、各々他愛ない話に笑いを咲かせていたのだが、森の終わりが見えてきたとき、急にクロウが何か叫んで家のほうへ走り出したのだ。

それを追ってすぐさまキースも駆け出していった。

「二人とも!?どうされたんですか?」

小夜の声に振り返ることもなく、そのまま二人の姿は遠ざかって見えなくなる。

残された子どもたちと小夜は互いに顔を見合わせるしかなかった。

突如訪れた沈黙の中、小夜は不穏な気配を感じてクロウたちの消えた方角に目を移す。

そこには明るい外の世界がのぞいているだけだったが、小夜の胸に生まれた不安が消えることはなかった。


「…皆さんは後からゆっくりついて来てください。先に私が二人の様子を見てきますから」

「お姉ちゃん?」

言うが早いか、気持ちに急かされるままに小夜は二人を追って走り出した。

なんなんだろう。
胸の奥が妙にざわついて、嫌な予感がする。


さっきクロウくんは何と叫んだ?

「あいつら」と言っていたのではないか?


だとしたら、それが指し示すのは――。



森が徐々に開けて、すっかり見慣れた廃屋の建ち並ぶ通りが前に見えてくる。

いつもどおりの無人の廃屋。
そしていつもどおりの無人の通り。

…いや、違う。

駆けつけながら小夜は、今目の前で繰り広げられている光景に思わず自分の目を疑った。

今まで感じていた理由のない嫌な予感は、自身が望まずとも的中していたようだ。

小夜の視界には先ほど突然走り去っていったクロウとキースの姿が映っていた。

子どもたちの暮らす廃屋を取り囲むようにして並んだ十数人の大人たちに対峙して、必死に抗おうとする小さな二人の少年の姿。

何が起きようとしているのかはすぐに分かった。

大人たちの手にはそれぞれ、鍬やのこぎり、角柱などが握られている。

廃屋に近づこうとする大人たちを押し止めようと、クロウとキースが必死に細い腕を伸ばして牽制しているのだ。

だがそれも所詮意味はない。
二人は大人たちに突き飛ばされるようにして、地面に倒れこんだ。


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