「――だからお兄さん」
突然動いた小さな口に驚いて、朱里はとっさに視線を宝の山に戻した。
「な、なんだよ」
「ここの宝物、全部持っていってくれていいよ」
再び視線をチカの横顔に注ぐ。
「持っていってって…けどお前…」
「僕の話は聞いたでしょ?ここにある限り、いつかこの宝物は全部あの人に奪われてしまう。それだけは絶対に嫌なんだ」
「だからって、俺に持っていかれるのは平気なのか?これはお前と親父さんとの大切な思い出の証なんだろ」
朱里の言葉にチカが唇を噛み締めた。
「…仕方ないじゃないか。これ以外に方法がないんだもの」
かすかにかすれた声はそのまま空気に霧散する。
うつむいたチカの顔は影に隠れてしまってよく見えない。
だが、力がこもった小さな肩がチカの気持ちを代弁していた。
――本当は誰にも渡したくない。
その小さな背中はそう言っている。
朱里はふうと息をついて、チカの頭に手を置いた。
「そう諦めんのはまだ早えんじゃねえのか。まずは死ぬ気で足掻いてみろよ。話はそれからだ」
チカが不安げに朱里を見上げる。
「…あがくって、何の力もない僕らがどうやって大人に抵抗すればいいの?」
そんなチカの心配を一蹴するように、朱里は不適に笑ってみせる。
「馬ぁ鹿。力がないって勝手に決めつけんなよ。それに、お前らは運がいい。なんたってこの俺が味方についてんだからさ」
チカの頭を乱暴に撫でると、朱里は宝の山を見上げて言い放った。
「お前の宝、俺が守りきってやるよ――」
穏やかな場所で過ごしているときは時間の経過が早い。
一体何をしていたのか思い出せぬまま、空を見上げると太陽はいつの間にか南天に場所を移していた。
「もうお昼なんですね」
誰にともなくそう呟いて、小夜は木の根元から腰を上げる。
子どもたちは疲れ知らずなのか、休むことなく走り回り続けているようだ。
「皆さん、そろそろ一度お家に戻りませんか?」
小夜の呼びかけにようやく足を止め、子どもたちが駆け寄ってくる。
「うんっ、かえろ!」
笑顔で小夜の手を握るアオの後ろからは、少しばかり不服そうなクロウが頭の後ろで腕を組んで歩いてくる。
「えー、もうちょっと遊んでこうよ。俺全然遊び足りないしさあ」
そのときだった。
「――うわあっ!!」
小夜の元に戻ってくる子どもたちの背後から、誰かの悲鳴と何かが落ちるような音が轟いたのは。
「なんだ?」
全員が一斉に背後を振り返る。
だがそこには誰もいない。
いつもどおりの畑と、ついさきほどまでクロウが掘っていた落とし穴があるばかりで。
「あっ、まさかキースのやつ…!」
子どもたちの中にキースの姿が見えないのに気付き、いち早く事態を察したクロウが穴のほうへ慌てて走っていく。
すかさず小夜も後を追った。
「…やっぱりな」
呆れたような声で呟くクロウの後ろから小夜も穴の中を覗き込んだ。
穴の底にはなんとも悲しい格好で倒れ込んでいるキースの姿。
「きっ、キースくん!大丈夫ですか!?」
「…だから穴掘るのやめろって言ったのに…。クロウのあほ」
情けないやら恥ずかしいやらで、助け出されたキースの顔は珍しく赤く染まっている。
「後でちゃんと穴埋めとけよな」
そっぱを向いて一人歩き出しながら言い捨てるキースの後ろ姿を、クロウが慌てて追いかけていく。
「待てって!チカには穴のこと黙っといてくれるよな?なぁ!」
バタバタと賑やかな足音を立てて森の道を走っていく少年たちに微笑みをこぼして、小夜は後ろを振り返った。
「さあ、チカくんと朱里さんの元に戻りましょう」