目の前にぽっかりと大きな口を開けて広がる空間に、朱里は目を見張った。
つい今しがた通ってきた細い通路を思わず振り返って確認してしまう。
突然朱里とチカの眼前に姿を現した空間は、奥行きや天井までの高さが目測できないほど広大だった。
そして何より朱里の目を奪っていたのは――。
「…すげぇ」
思わず声を漏らして朱里は一歩前へ足を踏み出した。
空間の岩壁をぐるりと囲んだ燭台の灯りの下、惜しげもなくその姿を晒しているのは黄金の宝の山だった。
昔朱里がよく読んでいた冒険小説の最後に見せ場としてよく描かれる金銀財宝の山。
それが今まさに目の前にある。
嘘のような話だが、どんなに目をこすってもそれは消えるどころか霞むことさえなかった。
「これが俺たちの探してた宝の遺跡…」
呟いた後で、ふと思い出したかのように朱里は後ろを振り返る。
そこには黙って佇むチカの姿。
チカは朱里の視線に気付いて、同じように横に並んで宝の山を見上げた。
「これがずっと僕が守ってきた父さんの遺跡だよ。誰も知らない、誰も見たことのない幻の場所」
幻と聞いて無意識のうちに気持ちが昂ぶるのが分かった。
小夜がどんなに聞き回っても確かな場所を見つけることのできなかった幻の遺跡に、今自分は立っている。宝の山を前にしている。
――だが。
「お前は本当にこの場所を俺に教えてよかったのか?」
ずっと心の奥に引っかかっていた疑問だった。
チカが父親とこの遺跡との思い出を語れば語るほど、その疑問は膨らんでいった。
そんなに大切な場所なら、なぜこんな会って間もない人間に簡単に教えてしまうのか。
チカは以前、あの人にばれるくらいならと言っていたが、それにしても。
「そんなに母親にここがばれるのが嫌なのかよ」
“母親”という単語に、チカの眉がぴくりと歪むのが見えた。
「…だから、もう母親じゃないって言ってるでしょ。あの人は今じゃ領主の妻だしね」
「領主の?じゃあ旦那が死んだ後に再婚したってことか」
言ってしまった後でとっさに口をつぐむが、チカは気にするふうもなく静かに頷いただけだった。
以前会ったときやたら町の人間が従っているなと不思議に思っていたが、町を治める領主の妻であるならそれも納得だ。
町の中ではかなりの権限を持っているに違いない。
「あの人は家と僕を捨てた後、何かにつけこの場所を探し出そうと躍起になってた。僕だけがここを知ってるって分かったときのあの人はすごかったよ。初めのうちはお金で僕の口を割ろうとしてきてさ」
小さく笑いを漏らして、チカは続けた。
「でも次第に、やり方が汚くなってきた」
じっと睨むように宝の山に視線を注いだまま、口を開く。
「…脅してくるんだ。遺跡の場所を教えないと、この町から永久に追放するって。僕だけじゃなく他の子たちも一緒に…」
押し殺したような声を発して、チカはそのまま無言で宝に目を向け続けた。
「ひでぇな。一体どうしてそこまで宝の遺跡にこだわるんだ?」
「町のためだってさ。町を活気づけていくためには資金が必要なんだって」
軽く肩をすくめてみせると、チカはかすかに口元に笑みを浮かべた。
「…もっとも、ほんとのところはどうなんだか分かんないけどね」
え?と問おうとしたところで、チカが宝に向けて歩き始める。
「とにかく、どうしてもあの人にはこの場所に立ち入ってほしくないんだ。お兄さんなら分かってくれるよね?」
こちらを振り返った切実な瞳に、朱里はチカの思いを確かに感じることができた。
チカに続いて宝に触れられる距離まで歩み、並んで二人で黄金の山を見上げる。
チカも昔はこうして、父親と宝の山を眺めながらたわいない話をしたりしたのだろうか。
明日はどんな日になるだろうとか、今夜の夕飯は何だろうとか。
まさかこんなに早く一人になる日が訪れるとは、思ってもみなかったに違いない。
そっと盗み見た横顔が、なんだか悲しそうに見えたのは朱里の思い込みではないだろう。