廃屋の扉を抜けて外に出ると、上空には気持ちのいい秋空が広がっていた。
刷毛でさっと引いたかのような薄雲が淡い水色の空をたゆたっている。
「今日もいいお天気ですっ。アオくんと同じ、きれいな色の空ですね」
言って空からアオに視線を移すと、アオはこそばゆいような晴れがましいような笑顔を口元に浮かべて、同じように空を見上げていた。
アオの小さな温かい手を握り、前を元気に走っていく子どもたちの後ろ姿を眺めながら、小夜は頬を撫でていく風に目を細める。
なんて穏やかで幸せに満ちた時間なんだろう。
木々を揺らす風の音、淡く降り注ぐ柔らかな陽射し、子どもたちの無邪気な笑い声。
今自分を取り巻く全てのものが、小夜にはかけがえのないもののように思えた。
特別なことなど何もない、ただ静かに温かく過ぎていく優しい時のせせらぎに、このまま身を任せていられたなら。
それはどんなにか幸せなことだろう。
地下に伸びる通路はいまだ終着点を知らない。
自分たちが起こす風で揺れる炎を横目に見ながら、朱里は先ほどのチカの言葉を思い出していた。
「…なぁ、ここを最初に見つけたのがお前の親父さんなのか?」
「うん、そうだよ」
チカがこともなげに答える。
「父さんはいろんな遺跡を巡ってたけど、特にここが一番気になるみたいだった。この場所を見つけるまでには、とにかくたくさんの本や情報を集めてここについて調べてたんだ。ずっと昔の領主様が大事に残しておいた財産を埋めた遺跡がこの町のどこかにあるらしい、僕にはそう教えてくれた。ようやくここを見つけたときの父さんはすごかったよ。とにかく興奮しっぱなしで、僕の手を引いてここに連れてきてくれたんだ。この場所は永遠に町の宝だ、って言ってるときの父さんの顔、今も覚えてる」
朱里の位置からはチカの後ろ頭しか見えなかったが、それでもチカが嬉しそうな微笑みを浮かべているだろうことはすぐ分かった。
「…自慢の親父さんだったんだな」
「うん…。父さんはほんと馬鹿がつくぐらいいろんな遺跡に夢中であんまり家にもいなかったけど、僕はすごく大好きだったんだよ。発掘の仕事が危険だって知ってても、父さんの嬉しそうな顔見てたら止められなかった。結局、発掘中の落石で死んじゃったけど、きっと父さんは後悔してないと思うんだ。遺跡が好きっていう気持ちは変わらなかったと思う。だから僕もこの場所が好きだよ」
ようやく後ろを振り返ったチカの顔は、晴れ晴れと笑っていた。
父の愛した場所を守っていける幸せと誇りを小さな胸に抱いて、チカはこれからもこの場所の灯を絶やさないのだろう。
ずっと遠くまで続く灯りはひょっとしたら、天国からふらりとここに足を伸ばした父親が迷うことのないよう、チカが示した導きの灯火なのかもしれない。
クロウが秘密基地と称した森の広場に着くと、子どもたちは思い思いに駆け回り始めた。
体は人一倍小さいながら、アオも負けじとクロウたちを追って走っていく。
小夜は以前も朱里と休息した大きな木の根元に背を預けて座ると、元気に遊び回る子どもたちをのんびり眺めることにした。
「おい、キース!お前も落とし穴掘るの手伝えよ!兄ちゃんを今度こそ罠にはめてやろうぜ!」
「それはいいけど、後でチカに怒られても知らないよ?」
「平気平気。後のことは後で考えりゃいいって」
「クロウってほんと気楽だよなぁ」
「へへっ、どうも」
「褒めてないってば」
…子どもは本当にすごいと思う。
小夜は眩しげに目を細めて、無邪気にはしゃぐ子どもたちを見た。
昨日あんなに酷い目に遭ったクロウもキースも、まるで全てなかったことのように笑っている。
他の子どもたちだってそうだ。
笑顔を忘れることなく毎日を楽しく生きようとする子どもたちの姿勢を側で見ていると、小夜は胸の奥が熱くなるのを感じた。
守っていきたい、と思う。
心の底から。
この笑顔が決して絶えることのないよう、自分のすべてでこの子たちを守りたい。
こちらの視線に気付いて嬉しそうに手を振るアオに、小夜も手を振り返してみせた。
「…きっと守ってみせます」